Liberté−4
紅茶を淹れるデスクに寄りかかってこちらに視線を向けるサンソンに、唯斗は何を話しているんだろう、と我に返る。
「…悪い、変な話した」
「いえ、むしろありがとうございます。なんだろう…ある意味これも、神の導きというものがあるのなら、そうなのかもしれないな…」
「サンソン…?」
「……少し、僕と境遇が似ていたようなので」
サンソンは紅茶を淹れ終わったのか、ソーサーを戻してカップを乗せて紅茶を持ってきてくれた。礼を言って受け取ると、サンソンはテーブルを挟んで向かい側のソファーに座る。ついでに窓を開けて、爽やかな風を部屋に通し始めた。窓際だからか少し日差しが暑く、気候柄あまり空調が整っていないこの街では最近の夏を耐え切れなくなりつつあったが、今日は例年らしい夏の日だった。
「…僕はパリの生まれです。名前を聞いて察していたと思いますが、いわゆる名家というやつで。カトリックの信仰が篤い保守的な家柄でした。代々医者をやっていて、両親ともに医者です。今どきこんな古風な名前をつけて、僕も医者になるよう、生まれたときから強制されていました」
「名前嫌がってんの、なんとなくそういう理由だろうとは思った」
「はい。パリ9区の大きな病院を経営する一族で、僕は強引にパリの医学部のある大学に通わされそうになってたんですが、いろいろ理由をつけてライデン大学に進学したんです」
フランスでは、小学校5年間、中学校4年間、高校3年間という仕組みになっており、大学の学士は3年間だ。大まかな仕組みはオランダも同じであるが、オランダにおける大学というのは極めて高度な扱いであるため、大学まで進学することは少ない。
ライデン大学ともなればそれは歴史ある大変なネームバリューだ。いくら保守的な両親でも、この名前を聞いて反対することはないだろう。欧州でもトップクラスの大学である。
また、オランダは全国民が英語を喋れるバイリンガルであるため、外国人は留学も就労もしやすい環境と言える。
「……僕は両親を嫌っています。もちろん感謝はしていますが、保守的すぎる。もしかしたら唯斗さんのご親戚とも同じような考え方だったのかもしれません」
「そうだな、とりあえずあの人たちは極右政党のポスター貼ってたな」
「僕の実家もそうです」
サンソンは力なく笑い、「命が等価だと最もよく知る職業でしょうに」と小さく言った。もともと差別の根強いフランスであるが、さらに極右ともなれば有色人種への差別意識は極めて激しい。レストランで無視するくらいなら平気でする。
オランダも差別のある方の国だが、それでも比較的リベラルだ。というより、オランダの文化というのは極端な合理主義が特徴にあるため、人種より優先される価値観があるということもあった。
「…僕はどうしてもパリから離れたかった。City of Lightとは言いますが、僕にはなんの光もなかった。こうしてライデン大学の附属病院で勉強を称して働いていられるのも時間の問題です。じきに、呼び戻されるでしょう」
「拒否しないのか。イタリアじゃないんだ、親の言うことなんて聞かないのが普通だろ」
フランスや英国などは、兄弟間が平等で両親からの自立が早い。日本では長子相続が文化的に強く、例えばありきたりな物語では長男が多く遺産を相続しようとする展開が見られるが、そういうことはあまりこちらでは一般的ではない。リア王が分かりやすい例だ。リア王は三人の娘に最初から国土を3等分しようとしており、生まれた順番によって配分を変えようとはしていなかった。
「大学の進学費用、借金扱いなので返済しなければならないんです。なんとか返済はできるところまで貯蓄してありますが、その先の生活費まではまだ稼げていなくて、多分それを向こうは狙ってくるはずです」
「なるほどな、まぁ、それもフランスらしいか。嫌な話だな」
「……本当に」