Liberté−5
それにしても、と唯斗は思う。
フランスでのつらい過去、日本の社会が肌に合わない感覚、それぞれが嫌でルクセンブルクにやってきた唯斗と、両親とパリが嫌でオランダに逃げたサンソン。
サンソンはじきに連れ戻されそうになっているため、その日が憂鬱で表情が沈んでいる。そんなところも、唯斗と境遇が似ているようだ。
「……俺さ、こうしてルクセンブルクまで来たってのに、最近、それでも不満なんだ。別に企業の脱税を助けてるからとかじゃない。働くのが嫌とかでもない。でも、ずっとこのままかと思うと、閉塞感があった。贅沢な話だよな」
「…閉塞感、か。僕も同じです、きっとすぐにパリに戻ることになる。その先は、ずっと嫌っていた両親と同じレールを走るだけの暮らし。僕のパリでの生活は多くの人が羨むようなものであるはずなのに、嫌で嫌で仕方がない」
「サンソンはさ、仮に両親が医者を辞めて、パリからプロヴァンスに引っ越して、サンソンが一人でパリに残ることになっても、同じように嫌だと思うか?」
「…パリが嫌な理由は両親に起因する人的なものか、ってことですね…うーん、いや、そうではない気がします」
やはり優秀な人物だ。一瞬で唯斗の意図を理解した上で、それは違うと述べた。だとすると、唯斗とサンソンは、まったく同じことが理由でこのどうしようもない感情を抱えているのかもしれない。
「……もしかしたらさ。俺は、フランスや日本が嫌だったんじゃなくて、単に自由になりたかっただけなのかもしれない。何かが嫌だったんじゃないんだ」
「自由になりたかっただけ…」
「〜したくない、じゃなくて、自由になりたいってのが俺の本当の願いだったのかもしれないなって。そんな素朴な願いに、やれ差別だの、やれ前時代的だのってそれっぽく理論武装して、悦に入ってただけなんだ」
ずっと頭の片隅にあったことだった。何か特定のものが嫌だったのではなくて、単に自由になりたかっただけ。だとすれば、唯斗にとっての「自由」が成立するまで、どんな国に行っても結果は同じことかもしれない。
サンソンの感情が両親に起因するものではないかもしれないと聞いて思いついたそれは、サンソンにも理解できたようだ。
「……なるほど、確かに。たとえ両親がいきなり死んでも、僕はパリに戻りたいとは思わない。このままライデンで働けたとしても、それがベストの幸福だと想像できない。僕は…自分でやりたいことを決めて、自分でそれをやるという、当たり前の自由が欲しかっただけなのかもしれません」
唐突に二人に降ってわいた推論は、あくまで今思いついたばかりのものだったが、どうにもしっくり来ていた。二人とも、これが答えだと、本能で理解していたのだ。
きっと、こうして二人同じような境遇の立場で出会っていたから、気付くことができたのだ。
無言になってしまった二人は、風に揺れる紅茶の水面から顔を上げる。バチ、と目が合ってしまい、なんとなく気恥ずかしくて逸らす。
しかしそこはさすがというべきか、サンソンが意を決したように口を開いた。
「…その、もう少しお話ししてもよろしいでしょうか」
「…ん、じゃあ、軽く観光がてら歩くか?」
「はい、ぜひ」
勢い込んで言ったサンソンだったが、唯斗は紅茶を置いた際にふわりと折っていた袖が戻り、これが自分のシャツではなかったと思いだす。
指先だけが覗く袖をサンソンに振って見せた。
「その前に、俺の家寄っていいか?なんつか、意外とやっぱ体格差あんのな」
どうやらそれなりに鍛えているらしいサンソンとは身長差以外にも大きく違いがあるようで、余った生地を見てサンソンは少し顔を赤くして手の甲で口元を隠した。
「…また随分とあざといことをしますね」
「何言ってんだ」