大都会のシルヴァンドル2−3


午前の授業を終えて昼休みになったときだった。
初めての日本語での授業で早くもへとへとになっているギャラハッドだったが、昼食の用意を始める生徒たちを見てハッとした。


「唯斗さん、ひょっとして、今日から昼食も必要ですか?」

「あぁ、今日から通常授業だしな…まさか、忘れた?」

「忘れました…」


愕然とするギャラハッドに、唯斗はどうしようか、と迷う。学食があるわけではなく、購買ならあるが、今やっていた授業の確認をしてしまったため出遅れてしまった。


「購買はもう大したモン残ってないだろうな…」

「そうなんですか」

「…よし、外行くぞ。コンビニならある」


唯斗が席を立つと、ギャラハッドは慌てたようにして唯斗を制する。


「そんな、僕一人で行ってきます」

「や、俺も確認しなかったから俺の落ち度だ。それに、この学校は放課後まで外出できないから、堂々と外出るわけにもいかないんだ」

「そう、なんですか」

「だから、こっそりな」


唯斗は人差し指を口元に当ててから財布を持つ。ギャラハッドも財布とスマホだけ持って、唯斗についてきた。

生徒たちの喧噪が校舎内に響く中、唯斗とギャラハッドは昇降口まで行くと、こっそり靴を履き替える。


「監視カメラでバレないんですか?」

「ずっとカメラを見てるわけじゃないし、3年生は選択してる授業によって午前で終わることもあるから、生徒の出入りそのものはゼロじゃない。お前は髪色で目立つからこそこそするけど、まぁ、教師がいなきゃ大丈夫だ」


そう言いながら昇降口を出ると、さっと正門までの道を確認する。校舎外に出ている教師もいないし、グラウンドから戻ってくる体育教師もいない。
都心の高校のため、高層ビルが見下ろす影ができており、春の青空に明るく照らされているものの、日陰は多かった。


「よし、校門までクリア」

「…ふっ、」


まるで特殊部隊のような言い方をすればギャラハッドが小さく噴き出す。
そのまま校門までまっすぐ向かい、最後に校門の柱の陰から振り返って教師がいないことを確認すると、敷地の外に出た。
あとはコンビニまで行くだけである。

ギャラハッドと一緒にコンビニに入り、ギャラハッドが昼食のパンなどを買ってから外に出て、再び校門に向かう。帰りもまた危険だ。そろそろ教師が活動を開始する時間のためである。


「唯斗さん、あの人は」

「あれは用務員だから生活指導には口を挟んでこない」


用務員の姿が自転車置き場に見えたが、あれは気にしなくていい。
その横を何食わぬ顔で通り過ぎ、昇降口へと向かう。校舎の方を窺いつつ、自転車置き場を出ようとしたときだった。


「っ、唯斗さん、」


ギャラハッドは焦ったように唯斗の体を引っ張った。
小声ながら切迫しており、引っ張る力も強かったため、咄嗟に唯斗はバランスを取ろうと体の向きを変えて傾いた方を向く。
当然、それはギャラハッドの腕の中に正面から抱き込まれることになり、肩口に顔を押し付けられるようにしてその腕に抱き締められた。


「あれは体育のミスター・中田です」

「うわ、マジだ」


ギャラハッドは直前に教師に気付いていたようで、唯斗を自転車置き場の壁の影に引っ張って、二人で息を潜めた。ギャラハッドの逞しい体の中でじっと待っていると、壁の影から校舎を覗いていたギャラハッドはほっと息をついた。


「グラウンド方面に移動、離脱しました」

「ふは、うん、じゃあ大丈夫だ。行こう」


ギャラハッドも何かの作戦行動かのように言ったため小さく笑いつつ、無事に昇降口に到達した。
そうして教室の席に戻ると、ギャラハッドは突然、おかしそうに笑い始めた。今までになく肩を震わせて楽しそうにしている。


「ふふ、ははは、こういう悪いことしたの初めてですが、なんだか、スリルがあって楽しかったです。背徳感というか」

「悪いこと教えたみたいだろ、俺が」

「悪いこと教えられて楽しそうにしてましたよね」

「…否めない」

「ふふ、」


極めて年相応というか、幼い笑い方をするものだから、毒気を抜かれた唯斗も特に反論はせず、持ってきていた昼食が入っているコンビニの袋を開ける。
ギャラハッドも一通り笑い終えてビニール袋を開いたが、唯斗の机に置かれた2のおにぎりを見て驚いたようにする。


「え、唯斗さん、それだけですか?」

「昼はあんま食わねぇから。金かけたくないし」

「そんな、」


なんでもないようにする唯斗に、ギャラハッドは戸惑ったようにする。確かに、高校生でこの量はかなり少ないだろうが、毎日こんな感じだと体も慣れるのだ。
すると、ギャラハッドはするりと唯斗の手首を撫でる。


「っ、なに、」

「いえ…先ほどもあなたを抱き締めたときに、細いなと思ったもので」

「うっせー」

「…そうだ、今日、放課後、家に来ませんか?一応父もいますが」

「?別にいいけど…」


話の流れを切るようにしてギャラハッドが話題を変えるのは珍しく、唯斗は首をかしげながらも応じた。今日はバイトも休みのためだ。働きすぎだとペペロンチーノに怒られてしまったのである。
ここからも見える虎ノ門ヒルズの高層階にあるギャラハッドの家は何度も訪れているため、特に遠慮もなく、唯斗は何の要件だろうか、と考えを巡らせた。



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