大都会のシルヴァンドル2−4


何度目かになると、もうこの超高級レジデンスゾーンに目を白黒させることはなくなったものだが、それでもなお、居心地の悪さは感じてしまう。
そうして廊下を通ってギャラハッドたちの家に入ると、さすがに放課後すぐという時間もあってランスロットの姿はない。

扉を抜けてしまえば慣れた場所となるため、唯斗はギャラハッドについてリビングへと入る。


「今日はぜひうちで夕食を食べていってください」

「え、でも急にじゃ迷惑にならないか?」

「自分で言うのはなんですが、金はあるので。一人急に増えても問題ありません」

「めっちゃ説得力はあるな」


確かにそれも道理だ。
ランスロットには連絡をいれてあるとのことだったので、唯斗もとりあえずは気兼ねなく、ギャラハッドと一緒に課題に取り組む。

なぜ急に夕食を一緒にしようと言ってきたのかは分からない。今まで、この家には何度も来たが、夕食まで一緒にしたことはほとんどない。バイトがあるということもあって、唯斗はほとんど夕方にはこの家を帰っていたのだ。

課題自体はすぐ終わるため、それ以降はギャラハッドの日本語の勉強に付き合いつつ、唯斗も英語の上級表現の勉強を始めた。ランスロットがたまに付き合ってくれるのだが、やはり英国英語の美しく凛とした発音は習得に時間がかかる。

すぐに夕方になり、ランスロットが帰宅した。さすがというか、定時が基本だ。英国は残業もそれなりに文化として珍しくはない、というか、こういうエリートは仕事を持ち帰ることが多いのだが、ランスロットは大変優秀らしく、定時に帰宅して家ではゆっくりとしているように見える。


「よく来たね、唯斗君」

「お邪魔してます、すみません、急に」

「気にしないでくれ、本当はここに住んでくれてもいいのだけど」

「あなたにしては名案です」

「いや何言ってんだ」


帰宅したランスロットをリビングで出迎えると、息をするようにそんなことを言われた。口説くようなそれに、珍しくギャラハッドが同意を示す。
ランスロットはネクタイを緩めて外しながら、ギャラハッドのいつも通りの言いぐさに苦笑する。

いったん寝室で着替えてきたランスロットは、黒いスラックスにネイビーのシャツという私服になって袖まくりをした。ジムにでも行っているのだろう、袖から覗く腕は太く筋張っている。


「ずいぶんと食生活が不安だとギャラハッドに教えてもらってね。よければ家でたくさん食べて行きなさい。そういう意味でも住んでもらって構わないのだが」

「や、そんな、すんません、そこまで気にしてもらって…」


まさかそういう意図での今晩の誘いだったのかと、唯斗は恐縮してしまう。ギャラハッドとしては、昼休みの会話から脈絡のないものではなかったのだろう。
食があまりに細く、節約のために食生活を疎かにしている唯斗を心配してくれている。それを無碍にするつもりこそなかったが、そこまでしてもらうのは気が引けた。


「何か手伝えることがあれば手伝います、たまに自炊してるんで」

「ふむ…ではギャラハッドと一緒に野菜の準備をお願いできるかな。ギャラハッド、エレーヌおばあ様のところで料理なんてしなかっただろう」

「失礼な、野菜くらい切れます」


手伝いを申し出た唯斗に対して、ランスロットはギャラハッドと二人で野菜の下拵えを指示した。
唯斗はたまに料理をするため、得意ではないができはする。ギャラハッドと一緒にワイシャツ姿になって袖を捲り、野菜のカットを始めるが、意外とギャラハッドが不器用だった。


「うわギャラハッド、包丁持つときはもう片方の手は猫の手っていうだろ」

「猫、ですか?」

「そう、こうやって」


招き猫に連想される日本特有の表現であるという意識がなかった唯斗は、つい、ギャラハッドに向かって左手を丸めて猫のポーズを取った。
目をパチパチとされるギャラハッドに、自分がひょっとしてとても恥ずかしいことをしたのでは、と気付いた唯斗は、「今のはなかったことにしろ」と言ってまな板に視線を戻した。
しかしギャラハッドはにっこりとする。


「唯斗さんはどこまでも可愛いですね」

「あーうるせー!」


ちなみに英語では特に固有の表現はなく、単に指を隠す、しまうと言った言葉で説明するのみで、猫の手などという表現はしない。


「このマンションは猫もOKなんだが」

「さすがに怒りますよ」

「そうですよ、唯斗さんに失礼でしょう」

「お前は手のひらを返すのが早すぎんだよ」


ランスロットは軽く笑ってから、スープの準備に戻る。
ギャラハッドはやはり要領が良く、慣れればすぐにできるようになったため、唯斗は引き続きギャラハッドを見守りつつランスロットの方を手伝う場面もあった。



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