Liberté−6


いったんタクシーで唯斗の家に戻り、シャツだけ変えて家を出る。自分で洗うと言っていたサンソンだったが、服を持って出歩くわけにもいかないだろうと説得した。

唯斗が暮らしているアパートは、ルクセンブルク中央駅から旧市街に向かって真っすぐ伸びるリベルテ通りという大通りから少し入ったところにある。この新市街は比較的パブやクラブなどナイトライフが楽しめるエリアだったが、それでもやはりこの街は娯楽が少ないと思う。それに困っているわけではないが。

アパートを出た二人は、リベルテ通りを北上して旧市街へと向かう。


「僕が部屋を見せたんですから、フェアでないと思いますけどね」

「ホテルと賃貸は違うだろが」

「見せられないような有様なんですか?」

「俺のルールに則って整然とした部屋だな」

「なるほど、自分ルールというわけですか」


楽し気に言ったサンソンに肘打ちを入れる。ちゃっかりと車道側を歩く背の高いサンソンには痛くも痒くもないようだ。
先ほど、唯斗は部屋を見られたくないため外で待ってもらっていた。それをこうしてぶつぶつと言ってくるのである。決して散らかっているわけではなく、唯斗のルールに沿ってものが配置されているのだ。それが他人に理解できる必要はないというだけである。

そんなくだらない会話をしながら、通りはペトリュス川を横断するアドルフ橋に差し掛かる。数十メートルの高さがある大きな石造りの橋で、眼下の川底までかなり高さがある。


「この街に来て1週間が経ちますが、やはり独特の地形ですね」

「そうだな。緑が多いのは嫌いじゃない」

「僕もです」


多くの自然の木々に覆われた谷間を渡れば、旧市街に入る。旧市街といっても、崖の上はそれなりに新しい建物も多い。しかし街並みは揃えられていて、合間の複雑な路地はゴミ一つ落ちていない。
2車線分あれば広いと感じるくらいには建物が密集した旧市街でもすっきりとした印象を受けるのは、建物の外観が落ち着いているからだろう。

合間のレストランやカフェ、ブティックは賑わっており、休日を楽しむ人々の声や音楽を奏でる音が響く。世界一の金持ち国家のはずなのに、どこか雰囲気が素朴で、しかし金持ちらしい洗練された落ち着きがある。

しばらく路地を進むと、開けた広場に出る。


「大公宮ですね。大公宮の前には有名なチョコレートの店があると聞きますが」

「ん、あぁ、チョコレートハウスな」


世界で唯一の大公という称号を持つ、この国の元首が暮らす宮殿は街中にある。その宮殿の正面にあるカフェがサンソンの言う有名なチョコレートハウスという店だ。


「サンソンは甘いモン好きなのか?」

「特に好き嫌いはありません。唯斗さんは好んで食べるんですか?」

「…まぁ、わりと」

「その言い方は結構お好きなのでは?」

「……別に、そんなすごく好きってわけじゃ」

「ふふ、そうですか」


またおかしそうにサンソンが笑う。実は食事をケーキで済ますことも多いくらいには甘党だ。ランニングを欠かさないため太ることこそないが、不摂生は自覚がある。医者であるサンソンにバレると何を言われるか分からないため黙っている。気恥ずかしいというのももちろんあって、サンソンにはそちらは見抜かれているようだった。

大公宮を過ぎて、また少し路地裏を進めば、やがて眼の前が急に開ける。グルンドに面した崖に出たのだ。
崖に沿って道がスロープのようにだんだんと下りながら進んでいくが、律儀にこれを下りていく何往復も崖を歩くことになる。また、崖の中にはエレベーターもあるが、よく工事で止まっている。

崖沿いにはところどころ幅の狭い公園のような空き地のようなものがあり、それを繋ぐ小さな階段や、ショートカットのように一段下の道に降りられる階段もある。


「なんかこういう階段って少しワクワクするっつか、いいよな」

「意外と子供っぽいところがあるんですね」

「水浴びをご希望か?」

「さっき浴びたでしょう」

「お前の紅茶をな、よし殴る」


木々に隠れた小さな階段を下りながら軽く殴ったが、やはりサンソンは楽しそうに笑うだけだ。しかし先ほどカフェにいたときとは打って変わって晴れやかに笑う様子が印象的だった。



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