刑部姫のコピー本−解凍


サバフェス7周目
アーラシュ×主


第六特異点以来、アーラシュと唯斗の関係が急速に近づいた結果、なぜか恋人なんてものに落ち着いていた。
人類を総体としてしか見ていなかったアーラシュが、マスターである唯斗のことだけを個人として捉え、愛を抱くようになったのと時を同じくして、どこまでも英雄でありいつでも笑って構えるアーラシュを、唯斗は憧憬から恋愛感情へと抱く感情を変化させた。

アーラシュが実は千里眼によってこちらの内心まで見ることができると知った唯斗は、この気持ちが見つかる前にと避けようとしたが、それすらアーラシュにバレており、呆気なく思いを告白させられた。
それに同じ気持ちだと返したアーラシュと、晴れて恋人になったわけである。

「俺を好きだっつー気持ちを理由に俺を避けられちゃあ困るな」と笑っていたアーラシュだったが、その目は完全に笑っていなかった。

そうして関係性が変わってからいくらか経ったが、特に何が変わったでもなく、いつも通りの日常が続いている。

いや、いつも通りと言うには少し異なる状態だと、そろそろ自分でも認めた方がいいだろう。

まず一つ、それは他ならぬアーラシュのことで、恋人になったはいいが何をすればいいのか分からず、本当にこれでいいのか、アーラシュに幻滅されないか、何か試されているのでは、といろいろ考えてしまっている。
次に、それが祟ったのか、うっかり礼装の報告書を出すのを忘れてしまい、技術部に回されるものでもあったことから、徹夜で仕上げたのだが、それによって食欲もわかず、寝不足・食事なしで小特異点探索にあたった結果、さらにしょうもないミスを連発してしまった。
それによってギルガメッシュにこっぴどく叱られ、ダ・ヴィンチとロマニにも小言をもらっている。

挙げ句の果てに、その特異点の報告書やらロマニの検診やらギルガメッシュの説教やらで疲れてしまい、またも食事を軽食だけで済ませてしまったせいか、不摂生が祟って体調を崩した。

ただ、体調を崩したと言っても風邪ではなく、単に発熱しているだけである。知恵熱のようなものだろうか。ただ、やはり食事を抜かし過ぎて、ひどく体がだるい。

それでも今日は、立香とマシュの訓練に付き合うことになっている。唯斗が役に立てる機会でもあるため、無理をしてでも参加しようとしていたが、ついにアーラシュが介入。
つい先ほど、アーラシュが立香たちに断りの連絡を入れてしまい、そして今、ベッドに座る唯斗の前にアーラシュが仁王立ちしているところである。


「…や、アーラシュ、俺は大丈夫だから……」

「大丈夫の定義はいろいろだが、間違いなくお前さんはそのいずれでもねぇな」


正直、このまま立香たちに付き合っていたら倒れていたかもしれない。それは立香やマシュに気負わせてしまうだろう。
アーラシュの正論に言い返せず、唯斗は視線を下げる。

アーラシュはため息をついた。唯斗はぐっと拳を握りしめて、極力声が震えないようにしながら口を開いた。


「…ごめん、アーラシュ。やっぱさ、恋人、とか、やめておいた方がいいだろ。わざわざ俺なんか」

「おいおいおい、なんでいきなりそんな話に飛ぶんだ」


すると、アーラシュは今度は慌てたように言うと、どかりと唯斗の左隣に腰掛けた。ベッドは大きく揺れて、唯斗の体も傾く。アーラシュはそれを好機とばかりに唯斗を抱き締めた。

アーラシュの逞しい腕に抱き込まれ、胸元に抱え込まれるような形になる。


「たまたまミスとか不運が続いただけだろ、気にすんなって。そんなんで自信なくすほど、お前さんは不出来な人間じゃない」

「じゃあ、アーラシュは俺がこのグランドオーダーに必要だったって言えるのか。違うだろ。この旅は、立香だけでも成立した。俺は、いればまぁベターってだけの存在で、マストな人間じゃない。そんな俺が、役に立つべき時に役に立たなくてどうすんだ」


唯斗はそう言って、アーラシュの腕から離れて立ち上がる。
いてもいなくてもいい自分が、こんなことでバテている場合ではないのだ。第六特異点では身代わりになろうとして、それを恐怖してしまったが、それでも、同じ場面がまたあったら今度こそ、唯斗が最初に犠牲になるべきだ。

しかし、同じく立ち上がったアーラシュは強引に唯斗の体を引っ張った。その強さによろめいた唯斗は、抗う間もなく、アーラシュに抱き締められる。
アーラシュの肩のラインに目線が来るような身長差と、それ以上にはっきりとした体格差によって、完全に包まれるような状態だった。


「なに、」

「すまん唯斗。恋人になったら無条件に頼ってくれるだろう、なんてのは、俺の予想が甘かった。お前さんは俺の思っているよりもずっと、心が強くて、でも、その強さは間違った方向に向かってるんだ。俺がきちんと、甘やかしてやるべきだった」

「ど、ういう…別に、そんなんいらねぇし、」

「いいや。お前さんの短所は、甘えるのが下手なところだな。頼るのが下手と言ってもいい。それを繰り返しはっきりと許して、何度も教えてやる必要があることだったのに。悪い」

「何、謝ってんの、全然分からないんだけど…」


アーラシュがいったい何を謝っているのか分からず困惑していると、アーラシュは唯斗の後頭部を優しく撫でる。そしてより深く抱き締められ、その温もりに、こわばっていた体の力が抜ける。


「俺はお前の彼氏だろ。なら、何言ってもいいし、いつでも甘えてくれていいんだ。疲れたなら疲れたって言っていい。嫌なら嫌って言っていい。むかつくとか、うざいとか、しんどいとか、もう嫌だとか、全部、俺には言っていいんだ。全部受け止めてやるし、俺は唯斗にそうやって頼られるなら、めちゃくちゃ嬉しい」

「っ、なん、で…そういうの、迷惑だろ、普通」

「普通はな。でも俺は、お前さんをまるごと愛してる。何より、甘えベタな唯斗が俺にだけべったり甘えてくれたら、すんげぇ優越感つか、いいだろ!って触れ回りたくなる」

「…なんだ、それ」


アーラシュの声音は本心だ。心から、唯斗にそうやってネガティブなことでもすべて吐露して欲しいと言っている。

頭を撫でる手つきは優しくて、触れる体は温かくて。どこまでも安心する腕の中、唯斗はつい、口を開いていた。


「…アーラシュ、」

「うん?」

「……もうやだ。疲れた、しんどい、死にたくない、死にたくなかった、怖かった…価値がないってバレるのが、俺は不要な存在だって思われるのが、それが事実だと明らかになるのが、怖い…そんなところをサーヴァントたちに、アーラシュに見られて幻滅されるのが怖い、また周りから誰もいなくなるのは…嫌なんだ……」

「…あぁ。怖くて当然だ、そんなもん、誰だって嫌だ。お前さんが弱いわけでも、ましてや出来損ないなんかでもない。誰かがお前を不要だと言ったとしても、この東方の大英雄が否定してやる。俺にはお前が必要だ、唯斗」


誰の力も借りず、誰も必要としなかったまま、大地を割りペルシアに平和をもたらした大英雄。そのアーラシュは、静かに唯斗を必要だと言ってくれた。唯斗がいなければ何かができないなどということは決してない。ただ、アーラシュは、唯斗にそばにいて欲しいと言っている。そう、恋人になるときに言ってくれたのだ。

それだけで、たとえ全人類に不要だと言われても、気にしないでいられるよう気さえした。


「…はは、よくできたな唯斗。上手だったぞ。その調子でどんどん甘えてきていいぞ」

「……ん、」


アーラシュは快活に笑うと、肩口にぐりぐりと顔を押しつける唯斗の頭をぽんぽんと撫でる。たった一瞬で、唯斗が無意識に欲していた言葉のすべてを与え、優しく包み込んでくれたこの男の度量の大きさを、唯斗は改めて好きになる。

アーラシュにはこういう頼り方をしていいのだ、と気づいて初めて、恋人とはどういう意味で「特別」なのかを知ったのだった。



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