刑部姫のコピー本−失楽園
サバフェス11周目
マーリン×主
「ふう、なんとか間に合った」
「…、え、」
そんな軽薄な声とともに、目の前に広がったピンク色の花畑。美しい青空には白い雲と光の柱、舞い散る花びらに妖精の鱗粉。丘の上には杖のような形の巨大な塔が浮かんでおり、ところどころに重力を無視して岩も浮遊していた。
そんな幻想的な景色をバックにホッと息をついているのは、つい最近サーヴァントとしてやってきた花の魔術師マーリン。
第七特異点で結んだ縁をもとに変則的にカルデアにやってきた異例中の異例だ。
つい昨日、時間神殿の攻略を終えたばかりのはずだが、ここはカルデアのとこでもない。もちろん、レイシフトやシミュレーターの起動もしていない。
「…、マーリン、これは」
「うん?あぁ、ここはアヴァロンだよ。正真正銘、世界の果て、星の内海。私が閉じ込められている、小さな小さな箱庭さ」
「なんでここに、俺がいるんだ」
「僕が連れてきたからに決まっているだろう?それより、色々と案内をしよう。ここでは君の、生命としての活動はほとんど停止している。正確には、繰り返しているんだ。カルデアにいたときの最後の鼓動を、何度も繰り返しているのさ。だから、君の細胞は交代しない、新陳代謝は起こらない、体は劣化しない。そして精神も時間の感覚を感じない。食事は不要、睡眠すらも不要。まさに不老不死の楽園というわけだ」
そう語るマーリンはいつも通りだ。いつも通りだからこそ、怖かった。
だって言っていることが明らかに異常だ。不老不死と言っているが、唯斗はここに来る前の最後の生命としての活動を永遠に繰り返すだけの存在と化している。劣化しないのではない、成長しないのだ。
「お、まえ、正気かよ」
「ひどいなぁ、正気だとも。もっとも、夢魔のそれと人間のそれが同じとは限らないけれど」
「な…、だって、これじゃ、成長の喜びも、達成感も、食事の楽しさも眠りの心地よさも、すべて存在しないってことだ。そんなの、言うなれば失楽園だろ」
「そうかい?元いた世界が楽園だと言うのなら、確かに君の言うとおりだろう。だが、君はもともと、そんなことに価値を感じない人生だったはずだ。カルデアを出て日本に帰って、今言ったことをきちんと味わって生きていけるのかい?」
「それは……」
自信は、なかった。
唯斗は確かに人間として大きく成長できた。グランドオーダーを通して、無気力な機械から、ちゃんとした人間になれたのだ。
しかしそれをもたらしてくれたのは、死した英霊たちである。グランドオーダーが終われば、もう唯斗はマスターではなくなる。もし魔術協会からなんのお咎めもなければ、日本に戻って元の生活を送ることになる。
そこで、カルデアにいた頃のように、成長や充実感を得られるかは、自信がなかった。なぜならもう、支えてくれる英霊は誰もいないのだから。
「すまない、ちょっと意地悪な言い方だったね。もちろん、その可能性だってゼロではないとも。君は紛れもなく成長したのだから。けれど、もしまた元の生活に逆戻り、なんてことになるのなら…それとここでの生活、どちらがマシかな?アヴァロンに刺激はないけれど、君を軽んじて傷つける者もいないのだから」
「…マーリンは、なんで俺を連れてきたんだ。ここは本来、アルトリアみたいな人が来るところだろ」
「あぁ、それは実に簡単な話さ」
マーリンは歌うように言うと、その手の平にピンクの花びらを出現させる。それを、唯斗の胸ポケットに差した。
「君を独占したかった。君がまた、苦しくて寂しい生活に戻るくらいなら、僕が君をもう少し幸せにしたかった。僕の大事なものを等しく大事だと言ってくれた君を、今度は僕が大事にしたかったんだ」
「マーリン…」
「ふふ、勘付いたギルガメッシュ王やアーラシュ殿に邪魔される前に間に合って良かった。あの王様、あと一歩遅かったら君を宝物庫にしまっていたからね」
どうやらマーリンは、いろいろと言いつつ、ひどく個人的な感情で唯斗をここに連れてきたらしい。嬉しそうに言って唯斗を抱き締めるマーリンに、唯斗はため息をつく。意外と逞しい腕の中、肩に頬を乗せながら尋ねる。
「なあマーリン」
「ん?」
「ハッピーエンドとかバッドエンドとか、エンディングっていろいろあるけど…これってなんなんだろうな」
「…ハッピーエンドにしよう。この僕が。なぜなら、僕はハッピーエンドが好きだからね」
マーリンがここまで言うなら、ひとつお手並み拝見としよう。唯斗はそう思い、この世界と元いた世界、どちらが楽園だったのか、花びらの合間に押し倒されながら考えることにした。