自由の風に吹かれて−4


地獄の期末を乗り越えて、いよいよバカンスシーズンがやってきた。
唯斗は帰国したところで家には誰もいないため、金も時間も無駄だろうとドイツに留まることにしている。
マンドリカルドもイタリアには戻らないとのことなので、この夏はずっと二人きりになりそうだった。

そう思っていたところ、同じ学部に所属する立香とマシュ、オフェリアから誘いを受け、オフェリアの別荘に招かれた。
ベルリン南西の都市マクデブルクからオフェリアの家の車に乗せてもらい、一路バーデン=ヴュルテンベルク州へとアウトバーンを走っている。

いかついドイツ車の広々とした車内にて、三列シートの真ん中に立香とマシュとオフェリアが座り、三列目に唯斗とマンドリカルドが座っている。座席の後ろに乗りきらなかった荷物の一部も三列目には置かれているため、二人と言えど狭苦しく、くっついてしまっている。

試験もレポートもない日々、降り注ぐ北ドイツの陽光、爽やかな風、そうしたものの中を突っ切る車内はひどく穏やかで、こんな時間を自分が過ごすことになるとは正直思っていなかった。
前の三人はどこを回るか話しており、毎年訪れているオフェリアがお勧めやデメリットなどを丁寧に説明している。おとなしく優雅な金持ちらしい女性であるオフェリアだが、立香たちと一緒にいるときはとても年相応に見える。

唯斗とマンドリカルドは、観光の行先はすべて立香たちに一任しているため、まるでアパートにいるときのように静かに過ごしていた。唯斗は、強いて言うならファベルジェ博物館に行ってみたいと言ってある。ロシアのロマノフ王朝に仕えた宝石商であり、インペリアルイースターエッグで有名な人物だ。ロシア革命とともに近くのヴィースバーデンに亡命しスイスでこの世を去った。
ファベルジェのほとんどの作品はモスクワのクレムリンか、サンクトペテルブルクのファベルジェ美術館にある。バーデン=バーデンのものは小さな個人所有のものであるため、行けたら行きたい、という程度でしかない。

そして唯斗がこのような見方をしているように、史学科である以上、立香とマシュの興味も古城やローマ遺跡など、メジャーな温泉施設よりもそうしたところに着目していた。

車に揺られるうちに、次第に睡魔が首をもたげる。朝早く起きてベルリンからマクデブルクに移動したのと、腕が触れ合っているマンドリカルドの体温に眠気を誘われているためだ。
くあ、とため息をひとつ漏らした唯斗に、マンドリカルドは窓際に置いた荷物に肘を置いて凭れながらこちらを見降ろした。


「眠いんすか」

「ん…ちょっとな」

「寝てていいっすよ、あと4時間くらいあるし」

「…じゃあ、そうするかな」


頷いた唯斗を、マンドリカルドはおもむろに抱き寄せた。肩を抱かれ、マンドリカルドに凭れさせられる。腕しか触れ合っていなかったものが、いきなり接触面が増えて驚いた。


「あー…その、そっち日ぃ当たって暑いかなって…思ってっすね…」


どうやらマンドリカルドは日差しを避けさせようとしてくれたようだったが、そう言った直後、防音壁のある区画に差し掛かり日差しは途切れ、さらに道路の方向が変わったため車内に光は入らなくなった。
途端に前の席がごそごそとし始め、それからすぐに冷房が思い切り強くなった。身体に当たる冷風にぞわりとしたが、そんなに前の方は暑いのだろうか、と思うと「冷房が強い」なんて文句は言えない。そもそも唯斗たちは乗せてもらっている身だ。


「…さむ、」

「…ありがてぇ……」

「?なんか言ったか?」

「いや?!それより、寒いんならもうちょいこっち来ていいっすよ」

「…ん、さんきゅ」


お言葉に甘えて、唯斗は自分からマンドリカルドにもう少し深く抱き着いてみた。さすがにこういう距離感になったことは今までほとんどなかったが、旅先という効果からか、特に気兼ねなくマンドリカルドの胸板に頭を乗せた。
実際、肩を抱く腕や触れ合う上体の体温のおかげで冷風は気にならない。何より、1年を近くで過ごした相手だけあって、安心感があった。



prev next
back
表紙に戻る