自由の風に吹かれて−7


そうしてしばらくプールで泳いでいた唯斗だったが、立香とマンドリカルドが潜水対決を始めたため、いったん上がって休憩しようと、噴水近くのプールサイドに上がって足だけを水に漬けながら腰掛けた。皮膚を撫でる水滴が心地よい。
まだ立香たちは勝負をしているのだろうか、とプールを見渡すが、噴水に隠れて見えなかった。

水の音や、落ち着いて楽しむ人々の声を聴きながらぼんやりとしていた、そのときだった。


「君、ちょっといいかな」

「…?」


話しかけてきたのは、白人の初老の男性だった。見るからに金持ちそうで、白い腹の皮膚が弛んでサーフパンツのゴムにはみ出している。


「観光かい?バーデン=バーデンは初めてかな」

「まぁ…そうですけど」

「それはいい。一人?友人とかな?」

「友達とです」


男性は朗らかに笑うと、断りもなく隣に座ってきた。男性が水に入ったことで、僅かな波が寄せてくる。やたらと近く、腕が触れそうになった。


「もしも良ければ、今晩一緒に食事をどうかな?私の別荘を紹介しよう」


ドイツ人は自宅を紹介することが大好きな国民性が知られているが、別荘なども同様だ。こういう誘い自体は不自然ではないが、決して見ず知らずの他人にはしない。


「食事とまではいかなくても、私の別荘のバーで飲むだけでもいい。ハイヤーを向かわせるし、君が泊っている場所にも送ろう」


どう答えたものか、と迷っていると、男は唯斗の手の甲をそっと撫でてくる。プールの水に半分浸かっているため、あまり触られている感覚こそないが、不愉快なものは不愉快だ。


「あー…いや、すみません、友人と過ごしたいんで」

「こう見えて私はいくつか会社をもっている。人脈を紹介することもできるよ」


とりあえず断るが、男は食い下がる。手の甲を撫でていた指が、つ、と腕を撫で上げてくると、ぞわりと鳥肌が立ちそうになった。


「っ、あの、」


少し強めに断ろうとしたところに、突然、聞き慣れた声がかけられた。


「おい、なにやってんだあんた」


ざばりと水から勢いよくプールサイドに上がったマンドリカルドが、男を睨んでいる。普段は陰気で自信なさげにしているマンドリカルドだが、その眼光はもともと目つきが悪く、不良っぽい見た目で睨みつけるとかなり迫力があった。
男はびくりと肩を揺らす。

プールサイドをずかずかと歩いてきたマンドリカルドは、唯斗を水の中に促す。それに応じてプールの中に戻ると、マンドリカルドはプールサイドで立ったまま男を見降ろした。
男は慌てて立ち上がると、屋外のプールへと出て行った。

それを睨みつけてから、マンドリカルドも水の中に戻ってくる。
唯斗のすぐそばまで来ると、水面に顔を出して心配そうに唯斗を見つめる。


「大丈夫っすか?変なこと、されてねっすか」


そう言いながら唯斗の腰を抱き寄せる。胸元くらいの水深の水の中にいるため、腰は表からは見えない。


「大丈夫、ありがとな。助かった」

「すんません、目ぇ離しちまって…唯斗のこと、一番守りたかったのに」


本気で申し訳なさそうにするマンドリカルドからは、先ほどの眼光の鋭さは伺えない。
そして、どうやら唯斗をこうしたことから守りたいと思っていたらしい。昨日から、やはり距離が近いというか、心臓が跳ねるようだった。

つい、唯斗はそのままマンドリカルドに抱き着き、その肩に顔を埋める。そして体重をかけると、マンドリカルドも抗わずに唯斗を抱き締めつつ、水に体を任せて二人で漂う。


「……なんかお前、ここんとこすげぇ格好よくね?」

「えっ?!そっすかね!?」


思わず呟いた唯斗の言葉に対して、マンドリカルドは素っ頓狂な声を上げる。本気でそこには無自覚なマンドリカルドが彼らしくて、唯斗は苦笑しながら、マンドリカルドの体温を感じて水に漂う感覚がひどく心地よいことに目を閉じた。



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