長編番外編−眠りを誘う声


セイレム後、クリスマス前
子供組に絵本を読む主と天草


クリスマス、そしてその後の英霊の退去を目前に控えたころだった。
魔術協会に提出する査問資料の整理を手伝っていた唯斗は、書類仕事の休憩としてラウンジでひとりコーヒーを飲んでいた。
カップホルダーに入った紙コップは、ようやく外の世界から追加で納品された新しいものである。

ぼんやりしていると、そこに楽し気な声がわらわらと集まってきた。


「唯斗さん、おひとりで何をなさっているの?」


やってきたのはナーサリー、ジャック、ジャンヌ・オルタ・サンタ・リリィ、バニヤン、ボイジャー、アビーという子供サーヴァント6人。たまにカルデアの廊下を走っているのを見かける。
アビーはセイレムの後に、召喚していないのにやってきてしまったフォーリナークラスの少女である。つまりは最も新入りということになるが、一方で子供サーヴァントでは年長だ。
ナーサリーやサンタ・リリィがそれなりに大人びていることもあって、楽しそうな様子を見せていた。


「特に何もしてない。休憩中だ」

「休憩中?なら絵本読んで!」


すると、唯斗が休憩していると聞いてジャックが絵本の朗読をせがんできた。そんなことはしたことがなかったため、唯斗は子供相手に動揺する。



「えっ、俺が?立香に頼んだ方がいいんじゃないか」

「唯斗がいいの!」

「私も唯斗さんの読み聞かせを聞いてみたいわ」


ジャックは折れず、ナーサリーも乗っかる。この二人は戦闘で一緒になることも多かったため、わりと唯斗には気安い。


「まぁ、素敵!唯斗さんがどんな絵本を選んでくださるのか楽しみだわ!」

「えっ、しかも選ぶところから…?」


アビーもすっかり乗り気だ。ここで断るには、唯斗は人間的に成長しすぎてしまったため、唯斗は仕方なく応じることにする。


「…分かった。地下の図書館でいいか?」

「はーい!」


そうして、なぜか唯斗は子供たちを引率して図書館まで向かい、司書役でありこの領域の主である紫式部に微笑ましそうに見られながら、比較的出入口に近いスペースに子供たちを座らせた。
あまりカルデアの図書館は静寂ではなく、そこそこ話し声や、あるいは英霊に付帯する動物や機械の音もするため、読み聞かせ程度なら問題ない。

唯斗は誰かに絵本を読んでもらった経験すらないが、ただ読むだけであるし、そのあたりのクオリティまでは求められていないであろうことから、クリスマスらしい絵本を手に取った。
唯斗でも知っている有名なものだ。

ソファーに座ると、早速ナーサリーが唯斗の足の間に座る。普段、立香にはジャックがそうしてしまうため、ナーサリーはわりと唯斗が子供の相手をするときは甘えた様子を見せてくる。
ジャックとサンタ・リリィは右側に、バニヤンとアビーは左側に座り、ボイジャーは唯斗の背中の後ろあたりから覗き込むようにふわふわと漂った。


「じゃあ読むぞ」

「はーい!」

「ウィ!」


元気よくジャックとバニヤンが答えてから、唯斗は絵本を開いて読み始める。


「1ドル87セント。それですべてでした」


唯斗がチョイスしたのは「賢者の贈り物」というオー・ヘンリーの絵本で、東方の三博士を題材にしたものだ。
イエス・キリストが生誕すると、ベツレヘムに救世主が生まれたという預言がなされ、三人の賢者(博士)がイエスを訪ねる。イエスが生後初めて出会った人物とされ、メルキオール、バルダザール、カスパールの三人はそれぞれ黄金、乳香、没薬を与える。
これはクリスマスにプレゼントを贈る風習の起源の一つでもある。

「賢者の贈り物」では、デラとジムという二人の夫婦が描かれる。没落した貧困層の二人は、クリスマスにお互いに贈り物を購入する際、デラは自慢の髪を、ジムは祖父の懐中時計を売りに出す。
しかし二人の贈り物は、ジムはデラの髪のための櫛を、デラはジムの時計のための鎖を用意しており、どちらもすでになくなってしまったものだった。

一見、非常に愚かな二人に見えるものだが、心の目で見てみると、この二人こそ最も豊かで賢いのだ、というテーマになっている。


「なんで賢いの?」


この中で一番、この絵本を難しいと感じてしまうであろう精神年齢なのはジャックとバニヤンだ。少し悲しそうな顔をしているが、それにはナーサリーが答える。


「頭がいい、勉強ができる、という意味ではないわ。相手のことを考えて、悩んで、そして自分の大切なものを投げ打ってでも相手を愛することを大事にしたのよ。それを、賢いと言っているのだわ」

「ふーん…」


さすが、物語の化身だ。ナーサリーの解説はまさに模範解答そのものだったが、ジャックたちはまだ少しわかなさそうにしている。もともとこの絵本も、ニューヨークの日刊紙「ニューヨーク・ワールド」に掲載された短編小説だ。この新聞はかつてピューリッツァー賞の由来となったジョーゼフ・ピューリッツァーが所有していたこともあるが、現在には残っていない。


「ジャックも、立香のために、勝手に誰かを刺したり心臓取りに行ったりしないだろ。自分のやりたいこと我慢してるのは立香のためだ。そういうことが、お金なんかよりも大事なんだってことだな」

「そっか!」


少しこの絵本が言いたいことよりは猟奇的な比喩になってしまったが、ジャックはそれで理解する。唯斗は絵本を閉じてナーサリーの頭を撫でてやりつつ、背後のボイジャーに目を向けた。


「ボイジャーはこの絵本知ってたか?」

「うーん、ぼくがしゅっぱつしたときは、まだ絵本にはなっていなかったから、はじめてみたよ。とってもすてきだねぇ。すこしかなしいけれど、ぼくはすきだなぁ」


ボイジャー1号の打ち上げは1970年代、この短編小説が絵本として発行されたのは80年代であるため、ボイジャーにとっては絵本という形でのイメージはなかったようだ。

そこに、別の人物が声をかけてきた。影が落ちて見上げると、カソックと赤い外套が目に入る。


「これは珍しいメンバーですね」

「あっ、お師匠さん!」



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