長編番外編−眠りを誘う声2


やってきたのは天草だった。サンタ・リリィはパッと顔を輝かせる。
いつかのクリスマスに、サンタ・リリィは「サンタアイランド仮面」に扮した天草にクリスマスのなんたるかを教わったという。そのときは唯斗はカルデアのイベントに参加せずにいたころのため、当初はあまり関わりがなかったが、あとから話を聞くと本当に意味が分からない。


「おや、賢者の贈り物、ですか。唯斗さんらしいチョイスですね」

「そうか?知ってる話がほとんどなかったからってだけだけど」

「そのお話を記憶に留めていた、というのが、あなたらしいですよ」


天草がそう言って微笑んだところで、サンタ・リリィはおもむろに唯斗の右隣からどいた。


「せっかくなので!お師匠さんの選んだ絵本も知りたいのですが!」

「まぁ、クリスマス前に神父様の朗読が聞けるなんて!」


アビーの、もちろん無意識だろうが、了承する前に喜ぶという高度なテクニックによって断ることは不可能になってしまう。これが愛されタイプの実力ということか。
天草もそれに苦笑すると、「少し待っていてください」と言って絵本コーナーに向かい、すぐに戻ってきて唯斗の右隣に腰かける。

天草が持ってきたのは「ビロードのうさぎ」で、マーガリー・ウィリアムズが1922年に英国で発表した絵本だ。最初からウィリアム・ニコルソンが絵をつけて出版しており、米国でも高い人気を誇った20世紀を代表する絵本である。


「あ、俺もそれにしようか迷った。ちょっと長いからやめたけど」

「ふふ、だろうと思いました」


どうやら天草はこの絵本を唯斗基準で選んだらしい。ナーサリーという名前の妖精が出てくることもあっただろう。

天草の穏やかできれいな声が、絵本を捲って柔らかな文体の文字を読み上げ始める。

ある少年がクリスマスプレゼントでもらったビロード製のうさぎの人形は、当初少年から見向きもされず、ひどく落ち込む。しかし、子供部屋で最も古い馬のおもちゃに、「真に愛されると『本物』になれる」と励まされる。
やがて、お気に入りのおもちゃをなくしてしまった少年に、母親がビロードのうさぎと一緒に寝るように言ったことから、次第に少年とうさぎの人形はいつも一緒に過ごすようになっていく。
しかしあるとき、少年は猩紅熱に感染し、隔離され、子供部屋の本やおもちゃをすべて焼却処分するよう医師に言われてしまう。
処分を待って庭に放置されていたうさぎの人形が、少年との思い出を振り返って涙を流すと、その涙が落ちた地面から「ナーサリー・マジック・フェアリー(おとぎ話の魔法の妖精)」という妖精が現れる。妖精はうさぎの人形に対して、真に愛されていたため本物になれると告げ、森に連れていき、そこで魔法のキスを授けて本物のうさぎに変える。野兎たちと一緒に暮らすようになったビロードのうさぎは、最後に少年の様子を見に家を訪れるが、少年は窓から、かつて大事にしていた人形に似たうさぎが遊んでいるのを見て楽しんだ、というストーリーである。

古典的な物語構成は、後世の創作に極めて大きな影響を与えている。

とてもいい話ではあるのだが、すでに知っている話であることはもちろん、すぐ右側から聞こえてくる天草の声があまりに耳に聞こえの良いものだったため、だんだんと眠くなってきた。

こうやって子供たちは、親の声を聞きながら眠りにつくのだろうか。
ちらりと、以前に東京の特異点で出会った母の姿が思い浮かぶ。

寝てしまっても、天草が起こしてくれるだろう。唯斗はそう都合よく言い聞かせて、そのまま睡魔に身を預けた。





「……おや、眠ってしまいましたね」


天草は、自身の左肩に凭れる唯斗の頭を軽く撫でて小さく笑う。子供たちを差し置いて、絵本の読み聞かせ中に眠ってしまうとは。
本当はもっと前から気づいていたが、先に読み終わってしまうほうがいいと判断し、とりあえず最後まで読み終わったところだ。
感動的なストーリーであることもあって、ナーサリーやボイジャー、アビーは口々に「素敵だった」「よかった」と褒めそやす。
サンタ・リリィも「さすがお師匠です!」と少し目の端を拭って言ったが、ジャックとバニヤンはウサギの味について語っていた。そういうところはやはり子供の姿でも英霊だ。


「さぁ、そろそろエミヤ殿がおやつを作ってくれる時間でしょう」

「あ、本当だわ!行きましょう!」


ナーサリー、アビーは恐らく天草の意図を理解しているのだろう、他の子供たちを率いてわらわらと図書館を出ていった。
唯斗にも礼を言っておいてほしい、という伝言を預かって見送ると、天草は外套の紐を解いて、マント部分をそっと唯斗の肩まで広げる。

そのまま、もともと読もうと思って持ってきていた本を読み始めた。本当は唯斗も何か管制室の手伝いをしていたのだろうが、アーサー王を含む自分のサーヴァントや立香が一緒にいるわけでもないのに寝てしまうほどだ、疲労が重なっているか、あるいはすぐ近くに迫った別れに心労を抱いているのかのどちらかだろう。
天草は唯斗のサーヴァントではないが、唯斗のことをそれなりに大事に思っているし、食べてくれと言われればすぐぺろりといける、というくらいには傍にいることが好ましい相手である。疲れているのなら、それを癒す方を優先しようと考え、このままにしている。

30分後、目が覚めた唯斗が少し顔を赤くしてわたわたと動揺したのを見て、天草はいけるのでは、と思ったものの、通報を受けて見張りにやってきたらしいサンソンが書棚の向こうから睨みを利かせていることに気づき、その場は帰してやったのだった。



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