長編番外編−些細なひととき
「回顧」
カルデア爆発事故前のカドックと主
極めて珍しく、というかほとんど生まれてから初めてなのではないかというくらい、怒りを静かに示した日から、カドックと唯斗はよく一緒にいるようになった。
お互い、歴史好きとして話が合う部分は多く、特にカドックは神代の話を好んでいたため、神話の解釈や実際の歴史上の出来事、魔術世界における解釈などについて意見を交わすことが多かった。
話す場所は施設内でもラウンジが多かったが、それでも他人の目線が煩わしくなった結果、カドックの部屋に招かれる回数が増えてきた。
そんなあるとき、カドックの部屋のベッドに座っていると、シーツに無造作に放り出されたCDが目に入った。
「…なに、興味あるのか」
「いや。あぁ、音楽には興味ないけど、カドックが好きなものには興味ある」
「っ、お前…まぁいい、じゃあ聴いてみるか?」
なぜか吃ったカドックだったが、唯斗の右隣に腰かけると、イヤホンを手渡した。左耳用のものを渡され、装着してみる。
カドックは右耳用のものをつけていた。そうして音楽が再生されると、途端に鼓膜を破るのではないかという爆音が響き、つい驚いてしまった。
「うわっ、!」
「うお、」
驚いた唯斗が、思わずイヤホンから逃れるように体を右側に倒したことで、カドックは唯斗を抱きとめるようにして咄嗟に受け止めた。
「あぁ…普段音楽聴かないから、この音量はさすがに厳しいか」
「や、これ、そういう次元じゃねぇだろ、絶対適切な音量超えてる」
「音量でかいと疲労を感じにくくなるっていう研究結果があるんだよ」
カドックは聞いてもいないことを答えつつ、音量を下げる。耳から離しても聞こえてくるが、次第に音は出てこなくなっていた。
カドックから離れて起き上がり、唯斗はイヤホンを改めて装着してみる。
すると、ロックバンドらしい音楽が鼓膜を震わせた。今度は適切な音量のようだ。
片耳のため時折聞きづらい部分はあったが、一定のリズムで鳴らされるドラムの音に、自然と体が揺れる。
「格好いいだろ。特にこのベースのやばい動き」
「?映像見てんの?」
「違う、動きっていうのは、音の流れのこと。音が上に行ったり下に行ったりしてるだろ」
「そういうことか。確かに、これ楽器で演奏してんだもんな…」
考えてみれば、音の原理を知っているからこそ、どうやったがこんな重厚な音楽になるのだろう、と不思議に思う。
ふと、リズムに軽く乗っているカドックの髪が近くで揺れていることに気づいた。もともとイヤホンをシェアするため身を寄せていたこともあるが、先ほど驚いたときにゼロ距離になったこともあり、肩が触れ合っている。
そこに、カドックが話しかけてきた。
「あんた音楽とか聴かないんだろ、どうせ」
「全然聴かない。クラシックは知識としてなら知ってるけど」
「まぁ僕も現代音楽ばかりだからな、古い音楽は分からないが…たまにはこういうロックもいいだろ」
「…どうだろう、ぶっちゃけあんま分からない。好きとか嫌いとか、そういうの、あんま感じないから。でもそうだな、『自分はこれが好きだ』っていう自覚のあるものを持ってるのは、いいな」
「……そのうち見つかるだろ、唯斗も」
「そうか?」
「そこまであんたは空っぽじゃない、と思う」
そこでようやく距離の近さに気づいたのか、カドックは少しだけ頬を赤くして指でぽりぽりと掻く。
自分がカドックのように、何かを好きだと、大切だと思っている姿がまったく想像もつかなかったが、それはきっと良いものなのだろう。