長編番外編−つかの間の平穏
「永久凍土帝国アナスタシア」
捕虜になった主とカドック
ヤガ・モスクワの王宮内、カドックの部屋でカドックに膝枕をしてやるという謎の時間を過ごしつつ、アナスタシアにカルデアの話をしていると、だんだんと唯斗も眠くなってきた。
あまりにぐっすりとカドックが眠っていることと、恐らくすでに夜遅い時間になっているためだ。欠伸をすると、アナスタシアは呆れる。
「まったく、お気楽なことね。あなた、一応囚われの身だということを理解していて?」
「一応って自分で言っちゃってんだろ。そもそも、当のカドックがこれだしな」
「まったく、私にもそんなところを見せたことはありませんのに」
アナスタシアは少し機嫌を悪くしながらも、深く寝入っている様子を見て安心しているようでもあった。
ずっとカドックがここまで深く寝られたことはなかったのだろう。唯斗もロシアではろくに寝られていないが、カドックもまた、綱渡りのような雷帝とのやり取りに疲弊していたようだ。
「…なんだか私まで眠くなってくるというものです」
「サーヴァントって眠気感じるのか」
「その情緒のなさ、本当に嫌味なほど似ていますのね」
「いって」
アナスタシアは唯斗の頭の上に小さな氷の塊を出現させると、そのまま唯斗に落下させた。ごつ、と脳天に直撃し、痛みというよりちょっとした衝撃が走っただけだが、頭を摩る。
すると、さすがにカドックも眠りを妨げられたのか、おもむろに目を開いて起き上がった。
むくりと上体を起こして、ただでさえ目つきが悪いのをさらに凶悪にしながら唯斗を見つけると、唯斗の肩をつかむ。
「え、カドック?」
「……うるさい、おまえもねろ」
それだけ言うと、カドックは強引に唯斗もベッドに引き倒した。カドックと並ぶようにシーツの上に横になってしまい、カドックにやんわりと抱き込まれている。腕枕にこそなっていないが、カドックの右腕が唯斗の胸板に乗っかっている状態だった。
「…なんでだ」
カドックは再び寝息を立てている。起きてもよかったが、このまま寝てしまおうか、という気になってくる。
一連を見ていたアナスタシアは、さらに機嫌を悪くして冷気をまとった。
「……そう、見せつけてくれるのね」
「俺のせいじゃないって…」
「同じことです。元カレヅラはお控えなさい、不敬です」
「してねぇ…!」
アナスタシアははそう言って、突然、カドックの右側、唯斗とはカドックを挟んで反対側に座る。そして、彼女もまたベッドに横になってしまった。
「…何してんだ」
「腹が立ちました。ですので、私もここで眠ります」
「ええ……」
この皇女、自由すぎる。
困惑をよそに本当にカドックの横で眠り始めたアナスタシアに、それ以上何を言うわけにもいかず、唯斗は仕方なく自分も寝るしかないかと早くも諦める。
そこに、扉がノックされる。
「入るぞ、カドッ、ク……」
入ってきたのは自称マカリー司祭こと言峰神父だった。
その底知れない不気味な目も、さすがにこの光景には驚いたのか、珍しく本当に純粋な驚きを浮かべていた。
「…これは……?」
「あー…随分と良心的なロシア異聞帯の捕虜の扱いに俺も驚いてるところだ」
神父はしばらく目を瞬かせてから苦笑を浮かべる。
「…まったく。これだけ見れば、極めて平和な少年少女たちの光景なのだがね。いつしか、このロシア全土がこんな平和な国となることを祈ってやまない」
「……あっそ」
そんな未来は訪れない。その前に唯斗たちが剪定することになるからだ。
先ほど直視したばかりの現実だが、あえてここでそれを言うのも無粋だ。神父も同じようで、カドックへの用事は諦めたのか、半開きの扉を閉めて去っていった。
「…こういう平和な時間が続くために、戦ってきたのにな」
ぽつりと呟いた声は、冷たい空気に消えていく。なんであれ、つかの間の穏やかな時間も、じきに終わる。そのときが、このロシアの終わりもである。
今は強引にでも寝てしまおうと、唯斗はそんな事実を振り払って、無理やり目を閉じた。