Liberté−9
ホテルに着くと、存外しっかりとした足取りで唯斗は歩き、サンソンが手を貸さずとも部屋にやってきた。顔が赤くなるだけでさほど弱くなかったのだろうか、と思いつつ、唯斗を部屋に入れて扉を後ろ手に閉めると、突然、唯斗がぽす、とサンソンにもたれてきた。肩に顔を埋めて体を預けてくるゼロ距離に、一瞬、サンソンは思考が止まる。
しかし唯斗の「うぅ…」という呻き声に、本当は限界だったのだと気づいた。すぐにサンソンは唯斗の体を支えて最寄りの落ち着ける場所であるベッドに腰掛けさせた。
フットスローは床に落ちていなかったため、その上を選んで唯斗は座る。寝る場所であるベッドに、屋外に出ていた服装で座らないようにしようという唯斗の配慮であることは理解できるくらい、すでに唯斗自身を分かっていたことに驚く。
ぐらぐらとした頭はサンソンの腹筋あたりに凭れ、苦しいのかそっとシャツの裾を掴んでくる。それでも、唯斗はきっと、前後不覚の人物を自室に連れ込んでいるという誤解がサンソンに降りかからないよう、ホテルの入り口からここまで自分の足で気力を振り絞って歩いたのだろう。恐らくはタクシーの中あたりから相当苦しかったはずだが、サンソンの体裁はおろかベッドの座る位置まできちんと配慮してみせた。
そんな見えづらい優しさに、サンソンは胸のあたりが苦しくなるのを感じた。締め付けられるような感覚はそのまま、唯斗を抱き締めたいという衝動に変わる。
「……大丈夫ですか?」
「………、ん、へーき…」
遅れて返ってきた答えは平気ではないはずだ。
サンソンは隣に腰掛けると、そっと唯斗の体を自分の方に倒して体重を預けさせる。おずおずと、唯斗もサンソンの胸元に顔を寄せて縋るように凭れる。吐いた息は熱く、眉間には皺が寄っている。ただの酔いならまだしも、少し薬が入っているため完全に悪酔いだろう。
少しでも楽になればと頭を撫でて髪をかき分けてやる。すると、唯斗の耳を指が掠めたのか、唯斗は「ん、」と小さく声を漏らした。シャツを掴む指先に力が入り、耳元に酔いとは異なる赤みが差す。
この期に及んで悪戯心が沸いたサンソンは、唯斗の耳元に顔を寄せて、その耳梁に直接声を吹き込むように囁く。
「……唯斗、」
「ッ、お、まえ、わざとだろ…!」
「わざとです」
びくりと震えた唯斗にサンソンは満足した。だが、顔を離したサンソンに唯斗が胸元に埋めていた顔を上げて睨み上げてくる。その潤んだ湖面のような瞳と上気した顔を至近距離で見たサンソンは息が詰まった。
ダイレクトに下腹部に衝撃が走り、サンソンはそんな反応ですべてを自覚する自分に情けないような気持ちにすらなったが、これ以上見てはいけないと唯斗を抱き締めて隠す。
(これは…引き返せないな……)
認めるしかないだろう。たった一日で、運命に出会ってしまったのだ。
同じ境遇で、同じ考え方で、そして同じ望みを持っている。まっすぐで、しかしサンソンのことを常に考えてくれた言葉の数々はストレートにサンソンの心をついた。
傷をなめ合いたいわけではない。ただ、そばにいて、同じものが見てみたかった。
もっとたくさん話して、とりとめのないことでもなんでもいいから、共有したかった。
ここまで来たら絶対落とす、サンソンは儚げと称されることもある外見とは裏腹に、雄の滲んだ表情で唯斗の髪に口元を寄せた。