Sunset Undead−6
コンゴ民主共和国でのアウトブレイクが国境を越えた段階で、WHOはPHEICを発出する方針になっていたが、ついにそのイニシャルケースが出てしまった。
『雨宮博士、南スーダンの中央エクアトリア州とウガンダのブリサ県で感染者が出ました。今回のアウトブレイクにおける、国境を越えたイニシャルケースです』
国際電話でWHO本部から伝わった情報に、唯斗は内心で舌打ちをする。思ったよりも早い段階で出てしまった。
研究所の固定電話の受話器を顔と肩で挟みながら、唯斗は地図を確認する。
「ウガンダ側はブリサだけか?ントロコ、アルア、ネビはまだ出てないんだな?」
『恐らく。アルバート湖のブティアバに漂着した小舟に乗っていたイトゥリ州からの難民の1例のようです』
「なら現地の保健当局で対応できるな。問題は南スーダンか…」
ウガンダがコンゴ民主共和国と国境を接する地域にはまだ感染者はおらず、ナイル川の上流である巨大なアルバート湖の港町での1例だけだという。それならば封じ込めは十分可能だ。
一方、南スーダンは現在、紛争が再燃している。特に、首都ジュバは緊張が高まっていた。今回、南スーダンで発見されたイニシャルケースはジュバを擁する中央エクアトリア州。もともとコンゴ民主共和国やウガンダとの経済的結びつきが深い地域だ。
『中央エクアトリア州のイニシャルケースは国境近くの村、ニョリです。発症者はイトゥリ州からの難民1名、そして2名の感染も確認されています。2名は現時点までにイニシャルケースとの接触がないため、中間接触者がいるものと思われます』
「イエイまでの街道を閉鎖しろ。一時的にDRC(コンゴ民主共和国)との物流を止めても構わない。わかるな、PHEIC一択だ」
『…そうですね、その方向で協議します』
情勢が悪化している南スーダンでは感染に太刀打ちできない。
そのため、WHOは即座にPHEICを発出、コンゴ民主共和国、ウガンダ、南スーダンに適用した。
当初は早い対応だと思われていたが、実際には遅きに失したらしい。
その三日間で、コンゴ民主共和国では650人、ウガンダでは33人、南スーダンでは56人の感染が確認された。
ウガンダでは北西部の小都市アルアに、南スーダンでは南部の要衝イエイに感染が拡大している。
WHOは南スーダンに対して、紛争を即座に停戦して防疫措置を取るよう警告したが、野党勢力は反発し、予定通り選挙を実施するよう求めた。ジュバは銃撃戦となっており、感染を逃れようとコンゴ民主共和国から逃れた人々と、紛争を逃れようとジュバからやってきた人々が、ともに中間のイエイに集まってしまう事態になっていた。
このころには、唯斗はさらに検体の解析を終えており、やはり今回は新種ということで断定。さらに、サイトカインストームが従来株よりも激しくなりやすく、若者は特に注意が必要であることを論文にまとめた。
論文の提出作業に追われた翌日、ホテルで久しぶりに休日を過ごしていた唯斗だったが、そこに、再びWHOから電話がかかってきた。嫌な予感がする。
「どうした」
『雨宮博士、悪い事態です』
「もうとっくに悪い事態だろ。で?」
『スーダンのナイル川州とエジプトとの国境線、ヌビア湖で、所属不明の船が拿捕されました。船内は…』
「…まさか、」
『はい。血の海です。およそ120人の南スーダン難民らしき人々が発見され、その大半がすでに息を引き取っていました。現在までに15人が生き残っており、エジプト軍の治療部隊が陸地で隔離しています。国境なので、医療スタッフが足りておらず…』
どうやら、ジュバ方面から逃れてきた人々がナイル川を下り、スーダンを縦断し、その船内で感染が広がった結果、コントロールを失って拿捕されたようだ。エジプトの国境警備隊では手に余るだろう。
エジプト軍が隔離し対策を行っているようだが、軍内部での感染拡大の恐れもある。
しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。
日本でも、ニュース番組の真ん中あたりでアウトブレイクが報じられるようになった頃。
事態は急転直下、誰の予想もしない方向へ進み始めた。
国境で係留されていた難民船にいた患者の1人が、劣悪な野戦病院のような検査所から抜け出していた。
その男は高熱に魘されながら砂漠に出たが、すぐに力尽きた。その男に、一匹の野犬が噛みついた。
翌朝、国境警備隊の兵士によって男が回収され、WHOが検査所で再検査したが、男はエボラだけでなく狂犬病にも感染していることが判明。さらに運んだ兵士は、実は運んでいる最中に男の血液を浴びてしまっていたのだ。
防護服を着ていなかったために血液は体内に入ってしまい、すぐに息絶えた男と違い鍛えられた兵士は、エボラと狂犬病を両方発症するも長く耐えた。
その間に、兵士の体内では抗生物質などとの複雑な反応の末に、エボラウイルスと狂犬病ウイルスが混ざろうとしていた。
そしてエボラウイルスは変異する。
脳を冒す狂犬病が理性を失わせ人を凶暴化させていき、エボラによるサイトカインストームが自分の体への攻撃を引き起こし、全身で内出血と壊死が起きる。
生きながら体が壊死していき、そして理性を失い凶暴化する。
それはまるで、空想の世界の作り物、ゾンビのようだった。
この新たなエボラウイルスは、兵士を通して国境警備隊に広がり、仲間を攻撃したり、噛み付いたり、血を撒き散らしながら暴れたりという行動が散見されるようになった。
やがてそれは攻撃され感染した兵士にも見られるようになり、軍全体に拡大する。
そして、国境の反対側にいるスーダン軍の国境警備隊にも感染が広がると、いよいよそれは「エジプト・スーダン国境暴動」という形として認識されるようになっていった。
これこそが、人類の終わりの始まりだった。