Sunset Undead−7


いったい何が起こっているのか、唯斗はエジプトから送られてきたウイルスの解析結果に呆然とする。
周りにいる他の研究員たちも言葉を失っていた。

数日前から発生している、エジプト・スーダン国境暴動。エジプト軍とスーダン軍それぞれの国境警備隊が、ナイル川周辺の国境地帯で暴動を起こしているのだ。
しかしその有様はとても人間的ではなく、人間らしい知性も理性もない様子は、まるで獣のようだった。

早速、英国では「human beasting」という、human beingをもじった見出しの新聞が出ている。

しかし、この暴動の中心はあの難民船が拿捕された場所だ。そこにいたWHOのスタッフとも連絡が取れなくなっている。
なんとか、暴動の末に死亡した兵士から採取されたサンプルを送ってもらい、全ゲノム解析を実施したが、その結果に誰もが驚愕している。


「ザイール株との相同性37%…もはやエボラですらない、ってのか…」

「雨宮博士、こちらの解析も出ました」


研究員の一人が研究室に入ってきて、タブレットを手渡す。
そこに表示されたデータからも、唯斗の見立てが正しいか、あるいはそれ以上に悪いものである可能性を示していた。


「狂犬病ウイルスとの相同性は45%か。こんな…こんなことあるのか…」

「ありえません!狂犬病ウイルスは、確かに成立まで比較的短い期間だったとはいえ1500年をかけて成立したウイルスです、いくら同じモノネガウイルス目といえど、こんな急に…」


唯斗の予想、それは、国境暴動を引き起こしている兵士たちの間で、狂犬病とエボラの合併症が起こっているのでは、というものだった。
どちらも同じ一本鎖マイナスRNAウイルスであり、同じモノネガウイルス目に属するが、エボラはフィロウイルス科、狂犬病はラブドウイルス科に属する。
せめて同じ科であればウイルスが合体する可能性もゼロではなかったが、まさか同じ目であるだけでウイルスが合体するとは思えない。

少なくとも、医学の常識では、こんなことはフィクションだ。

唯斗は深呼吸すると、研究員たちを見渡す。全員極めて優秀な人物で、その多くがアフリカ各地から集まった優秀な黒人たちだったが、今や唯斗をリーダーのようにして研究にあたっていた。


「みんな落ち着いてくれ。確かにショッキングな結果だが、俺たちはあらゆるフィルターをなくして、ウイルスのありのままを見極める必要がある。足元でのエボラの拡大も続いてる、冷静に、解析数を増やそう。それから…」


ここからは言おうか迷ったが、続きを待つ研究員たちの視線に、唯斗はとりあえず言っておくことにする。


「ザイールエボラウイルスだけでなく、今回見つかった7種類目の新型エボラウイルスとも相同性が低くなっているのが、たぶん、ポイントになる。さっきの言葉に続けて言うには矛盾してるけど…ウイルスだけでこうなったとは、とても思えない」

「まさか、生物兵器ですか?」

「いや、それならあまりに試し方が雑すぎる。人為的な可能性を示唆するなら、現地で投与されたワクチンか薬だな。WHO以外でエジプト兵に対応した医療スタッフがいたか、その使用した医薬品はなんだったか俺の方で確認してみる」


研究員たちはそのまま続々と到着するエジプトの検体を解析しはじめ、唯斗はいったん研究室を出て防護服を脱いでから、事務所の固定電話で各所に連絡を取る。

WHOだけでなく、赤十字や国境なき医師団など複数の団体に連絡を取るうちに、あるNGOから、現地でエボラ対策のために活動する国際医療NGOの情報を得た。

ベハタール・カル医療財団という、インドの製薬会社が支援する新興NGOであり、「ここだけの話」という前置きのもと、医療活動の中で後援の製薬会社の医薬品に関する無許可の治験を行っているという噂があると教えてもらった。

この財団は紛争地での医療ボランティアを行う組織であるため、治療を行う対象への第三者の監視が働かない。

そして、この財団の一部が、難民船の生存者に対する医療支援を行っていたというのだ。
WHOスタッフが到着したときには、この財団による治療が済んだあとであり、そしてその直後、国境暴動が発生した。

まだ暴動は続いており、鎮圧部隊もアブシンベルに近づく兵士を射殺するだけで、難民船の野営病院が設置された国境付近には到達できていない。

これは、いよいよ傭兵の本領発揮というところだろう。



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