Sunset Undead−8
「それにしても、よくエジプト軍に許可を取り付けたね」
1か月近く滞在したフランスヴィルのホテルから空港へと向かう車内、パーシヴァルに言われ唯斗は「まぁな」とだけ返す。
これより二人は、ガボンの首都リーブルヴィルを経由してエジプトの首都カイロへと向かい、さらにそこから空路でアブシンベルに飛ぶ。
そしてそこでエジプト軍と合流し、暴動の中心、係留された難民船へと向かうのだ。
そこには恐らく、ベハタール・カル医療財団のスタッフが残した何らかの医薬品がまだ残っているはずだ。
エジプト軍の報告では、暴動によって現地にいたWHOのスタッフを含むすべての人物が安否不明となっている。財団のスタッフも命を落としているだろう。
エジプト軍の目的は、暴動の鎮圧と首謀者の逮捕、そして民間人の救出である。
ただし、今に至るまで首謀者などの声明は一切なく、エジプト軍にもスーダン軍にも、暴動を起こす計画は存在していなかった。誰もが寝耳に水だったのだ。
そもそも、エジプトとスーダンは微妙な関係であり、軍も協力関係にはないため、示し合わせて暴動が起きるのはおかしい。
すでにエジプト軍でもWHOでも、これが狂犬病のような脳炎性の神経病である可能性を認識していた。
WHOを通してエジプト政府に掛け合ってもらった唯斗は、傭兵であるパーシヴァルを伴って暴動鎮圧部隊に同行し、この謎の症例を調査するための生体サンプルを採取することになっていた。
しかし唯斗の裏の目的は、ベハタール・カル財団が使っていた医薬品の回収とその正当性の分析だ。唯斗が動いたのは、他の組織のスタッフが動くのでは遅いからだ。最も身軽な立場である唯斗が、迅速に行動すべきだと考えた。
そうして空路でほぼ半日をかけて、ようやくアブシンベル空港に到着したころには、すでに日が暮れていた。
ナイル川の沖合に停泊する軍の輸送船がアブシンベル神殿と相対している。
砂漠に設置された臨時の駐屯地にて、唯斗はエジプト軍と面会し、明日の行動を確認したが、気になる情報を告げられた。
どうにも、スーダンの方では銃火器を用いた暴動が起きているらしいのだ。これまでの暴動は、兵士が兵士を暴行する類のものだったが、銃を使う者たちがおり、どうにもスーダン軍ではない可能性があるとのことだった。
市内のホテルの一室、唯斗は武器を点検するパーシヴァルにあらかじめ伝えておくことにする。
「もしかしたら、スーダンから来ているヤツらはベハタール・カル財団が雇ってる傭兵かもしれない」
「非合法な治験の証拠を回収するためだね」
「あぁ。もちろん、まったく別かもしれないし、ベハタール・カル財団も普通にセオリー通りの健全な活動をしていたかもしれない。なんにせよ、明日の作戦で確実に検体と現場の薬品類を根こそぎ回収する」
「安心してくれ、私一人とはいえ、必ず君を守る。今回は軍もいるからね」
爽やかに笑いながらも、慣れた手つきで拳銃やアサルトライフル、防護服の確認をする様子に、なんだか初めてこの男が傭兵だったと認識したような気がした。
同時に、さすがに戦場へと突っ込むのはこれが初めてだったため、今まで感じたことのない緊張感を覚えていることに気づく。まるで初めてエボラの現場に入ったときのようだ。
震える手をごまかすように握ったが、それに気づいたのか、パーシヴァルは武器を置いて立ち上がり、唯斗の正面に立ってその手を握る。
「怖いかな?」
「…、当たり前だろ。俺はただの研究者だ、軍医じゃない。銃弾が飛び交う場所なんて初めてだ」
「それでいいさ。慣れるものではないよ」
温かく大きな手に包まれて、震えていた手はおとなしくなる。
「…さすがに研究者としては行動派すぎる自覚はあるけど…事態は一刻を争う。頼んだ」
「任せてくれ。君を守ることは、さらに多くの命を守ることと同義だ。光栄だよ。何より…」
唯斗の手を握る力が少しだけ強まって、唯斗はパーシヴァルを見上げる。パーシヴァルは、普段とは異なるひどく優しい笑みを浮かべた。
「君が傷つくところを見たくない。そんな個人的な目的とも合致しているよ」
「な…っ、」
そういう口説くようなことはオプションにはなかっただろう。なんてしょうもないことを思ってしまうくらいには動揺した唯斗は、パーシヴァルの目を見れなくなって、小さく「あっそ」と返すだけで精いっぱいだった。