Sunset Undead−11


夜、賑やかなナイトライフの喧騒も落ち着いた深夜になって、唯斗はパーシヴァルに揺り起こされた。
寝入っていた唯斗だったが、揺すられれば起きる。目を覚まし、暗い部屋の中で至近距離にあるパーシヴァルの顔を見て、何かあったのだとすぐに察した。

声を出さずに上体を起こし、辺りを見渡す。部屋に人が入ったわけではないようだ。


「さすが、慣れているね」

「何が起きてるかまでは分かってない。移動するか?」

「そこまで判断できるなら同じことさ。すぐに着替えて、最低限の荷物を。最悪いくつかは置いていこう。今回は検体の入った冷凍ケースがある、重量があるからいくつか荷物は諦めてくれ」

「問題ない。1分待ってくれ」


こういうことは想定していた。高名な学者であると知られると、盗みが入ろうとすることもあったし、エボラは死体の埋葬で迷信を信じる人々の間で感染することもあるため、そうした信仰から殺しにくる者もいた。

唯斗はすぐに着替えやすい寝巻から動きやすいシャツとズボンに着替えて、必要最低限のものだけをまとめてあるリュックにスマホなどをしまい、回収した検体や薬品が入った頑丈なアタッシュケースを手元に置く。
言葉通り1分で支度を終えた。


「…本当にさすがだ。では行こう、恐らくベハタール・カル財団の傭兵がホテルに入った」

「ずっと起きて監視してたのか」

「あぁ。エントランスを目視できるこの部屋からの直接的な監視と、ホテルのカメラをハッキングして映していたPCの監視でね」


軍事用の携帯端末でも、ハッキングした監視カメラの映像を見つつ、夜通しエントランスを見ていたらしい。やはり、昼間の戦闘を受けて警戒していたのだろう。先ほど部屋を空けていたのは、構造を把握するためだ。

こっそり部屋を出て、パーシヴァルの先導で暗い廊下を進む。窓があるときは姿勢を低くして進み、階段で一気に降りる。低層階にしたのはこれが理由だろう。
地上階の煌々と明かりの灯されたフロアにやってきて初めて、パーシヴァルは止まった。


「そろそろなりふり構わず攻撃する頃だ。このまま一気にホテルを出て、旧市街に入って撒く」

「こんな街中で銃撃戦か?」

「いや、相手も傭兵だ、そこまではしない。旧市街に入って大回りしてから、警察署に入る」

「警察署?」

「この近くにあるんだ。相手もそれを理解しているだろうからね、ホテルからの最短距離は警戒されている」

「理解した」


アブシンベルからここまで極めて短時間だったはずだが、的確にパーシヴァルはホテルの選定から脱出ルートの記憶までやっていたらしい。さすがの実力と言わざるを得ない。

そうして、すぐにエントランスを抜けると、ホテルを出て大通りに飛び出る。幹線道路だが、さすがに車はまばらだ。ヘッドライトが通り過ぎたのを見計らって、パーシヴァルに手を引かれて急いで道路を横断する。
渡り切った直後、乾いた音が響く。小さなそれは、空気の抜けるような音だったが、近くで甲高い音ともに地面が僅かに抉れる。


「サイレンサー付きの銃だ、急いで!」


パーシヴァルに言われ、唯斗はすぐに路駐の車に隠れながら進み、旧市街に続く路地へと飛び込む。
ゴミが散乱して悪臭を放つ道を走り抜け、さらに壁をよじ登って私有地の隙間を縫うようにして走る。

パーシヴァルはその巨躯を軽やかに動かして、四角い建物が雑多に並ぶ細い道を唯斗の手を引いて走り抜けていく。

またもサイレンサー銃の乾いた小さな音が寝静まった旧市街に響き、壁を掠めて土くれが飛び散る。首をすくめながらも、足を止めることのないパーシヴァルに手を引かれ、手に持った重いアタッシュケースを必死に抱えて後に続けて足を動かした。


「っ、止まって!」


すると、パーシヴァルは急に立ち止まり、唯斗を抱き込む。20センチ以上にもなる身長差と、それ以上の体格差によって完全に包まれた。
直後、飛び出ようとしていた車道に徐行でやってきた車が、突如として爆発した。至近距離での爆発に、耳が水中にいるときのように音が遠くなり、キーンとして頭に響く。吹き抜けた爆風の向こうに、夜の静寂を切り裂く爆音が悲鳴をもたらしていた。


「…危なかった。自動車爆弾とは…しかしこれが最後の手段だっただろう、ほら、もう警察が来た」


どうやら敵もこれが最後の一手だったらしい。唯斗は警察が慌ただしくやってきたのを見て、やっと息をついた。今や震えるのは、手だけではなく膝も肩もすべてになっていた。



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