Sunset Undead−12
現地の警察の保護を受け、無事に唯斗とパーシヴァルはエジプトの首都カイロに到着し、そこから空路でリヨンに飛んだ。
唯斗が籍を置いているBSL-4施設のある研究所に戻るためで、リヨン旧市街の南、リヨン7区に位置する。
このあたりは旧市街と変わって近代的な建物や住宅が立ち並ぶ場所で、フランスらしい美しい街並みではないものの、住みやすさは本物だ。
フランスヴィルではなくリヨンに戻ったのは、単純に唯斗の警護を強固にするためである。
ただ、パーシヴァルは唯斗がベハタール・カル財団の事実を明らかにして、それをWHOに報告するまでは、唯斗の身の安全を守るために近くにいてくれるという。
もちろん、アフリカほど治安を気にする必要はない場所だが、それでも大都市である以上、またあの傭兵たちに狙われないとも限らない。
研究所には宿泊できる部屋もあるため、パーシヴァルは近くのホテルに、唯斗は研究所の敷地内に留まっている。買い物など、どうしても唯斗が施設外に出るときだけ、パーシヴァルが迎えに来てくれる。
パーシヴァルが所属する傭兵企業の本拠地である英国は隣国であるため、そこから専用車を手配してくれていて、24時間爆弾などが仕掛けられないよう監視された状態にある車で迎えに来る。唯斗のために、傭兵ではないが技術員が数人新たに派遣されているのだ。
その車の中で、唯斗は近くのスーパーで買い物をするために後部座席に座り、運転席にいるパーシヴァルを見遣る。
「それにしても、まさかここまで大事になるとはな」
「はは、そうだね。最初は、フランスヴィルでの万一に備えての警備担当だったからね。本格的な銃撃戦や退避行動までしたのは久しぶりだ」
「映画じゃん、完全に…」
唯斗はため息をついて背もたれに体重を預ける。そして、窓の外を過ぎる街並みを眺めつつ、ニュースを騒がせる事件を思い出す。
現在、エジプト・スーダン国境暴動は拡大し、スーダンの首都ハルツームを含むスーダンの主要都市に広がっていた。
さらに、エジプトでもアブシンベルやアスワン、ルクソールで同じような事件が発生していた。
スーダンと違い、エジプトは散発的な事件であり、軍隊関係者が突然暴力を振るい、被害者もまた同じように他人に暴行するという連鎖が起きている状態だ。
一方、スーダンでは首都ハルツームをはじめ、ポートスーダンやカッサラといった都市で治安が急激に悪化し、軍人も市民も巻き込んでの暴動となっている。しかし、いまだになんの声明もなく、いったいどんな意図で暴動が起きているのか、だれも理解していないという異常事態だった。
「…そろそろ、ベハタール・カル財団の医薬品やエジプト兵のサンプルの解析が終わる、という話だったね」
パーシヴァルも同じ状況を思い出していたのだろう、唯斗にその話題を持ちかけた。もはやパーシヴァルも、他人事には考えていない。
「…あぁ。一通り結論が出たから、休憩と、旅支度かねて買い出しに出てる感じだ」
「……やはり、君の予想通りだったのかな」
「残念ながら。国境暴動は、やはり感染症の症状による暴力行為の群発と見た方がいいだろうな。そんで、やっぱり予想通り、ベハタール・カル財団のスタッフが勝手に処方した未認可の抗生物質が、狂犬病ウイルスとエボラウイルスに相変異を起こして、実質ひとつのウイルスのようになってる」
「実際には一つではない?」
「厳密にはな。お互いの存在を前提にした進化を遂げているから、一緒に生きる存在、という意味では一つだけど…今のところは別個のウイルスだ。でも、これも近いうちに一つになる。すでに、最新のスーダンから届いた検体ではその兆候が顕著だ。しかもだけど、ベハタール・カル財団は、同じ医薬品をスーダン側で投与し続けている」
リヨンの研究所でも、結論は出ていた。
エジプト・スーダン国境暴動の原因は、承認されていない抗生物質の違法な治験によって、狂犬病ウイルスとエボラウイルスが同時に存在する患者の体内でそれぞれのウイルスを変異させたことだ。
これによって、現在双子のようになったそれぞれのウイルスが、変異を繰り返す度にどんどん一つになりつつある。
しかも、続々と送られてくるスーダンからの新しい検体は、いまだにベハタール・カル財団による違法治験が続いている可能性を示唆していた。
「このあとは?」
「ジュネーヴに移動して、この件をWHOで協議する。そんで、ベハタール・カル財団とその後援製薬企業には、国際的な訴訟も視野に入れて事情を聞き出すことになるだろうな。俺はWHOでの仕事を終え次第、中央アフリカで続くエボラのアウトブレイクと、エジプトとスーダンで広がる新ウイルスへの対応方法を考えつつ、それぞれのウイルスを研究することになる。必要に応じて、WHOや関係警察当局への情報提供や証拠の収集も手伝う」
「では、リヨンに戻るのかな?」
「まだ話通してないけど、たぶん、ハンブルクの研究所に行く。ゲスト枠とはいえ、一応籍がある。リヨンはフランスヴィルと協力して、コンゴ民主共和国とウガンダでのエボラのアウトブレイクに集中してもらうつもりだ。俺はハンブルクで、スーダンとエジプトの新ウイルスを研究する。その間は、ハンブルクの研究所に泊まり込みだな」
「そうか…では、君をハンブルクの研究所に送り届けて、任務完了、ということになるかな」
思わず、言葉に詰まる。この数か月ずっと一緒にいたこともあって、当たり前のような感覚になっていたが、ずっと欧州の研究所に滞在するのであれば傭兵はいらない。
「…そう、だな」
かろうじてそれだけ返す。初めて、パーシヴァルと同じ空間に気まずい沈黙が流れた。