Sunset Undead−13
WHOでの協議も終えて、リヨンでの引継ぎも済ませた唯斗は、そのままハンブルクへと移動することになった。
リヨンの空港に到着したころには、WHOから世界に向けて第一報が放たれたところだった。
今回、スーダンとエジプトでは新ウイルスによる暴力衝動を伴う神経系疾患を起こす感染症が広がっている、という報告だ。
ウイルスの暫定名称は「Ebola-Rabies-likevirus(エボラ・狂犬病様ウイルス)」と決まり、通称はERLVとなった。
また、ERLVによって引き起こされる一連の症状についてはの病名は、「Nduye Ebolavirus-Rabies Lyssavirus Integrated Diseases(ナーリュイ・エボラウイルス=狂犬病ウイルス統合型ウイルス感染症)」となり、通称は
NERLIDと呼称されることに決まった。
テレビでは「新型エボラ」と呼ぶこともあった。
NERLIDの主な症状は、初期段階では発熱と倦怠感、筋肉痛、感染が始まったのが外傷による場合には外傷付近の痛みが始まる。そこから腹痛と下痢、嘔吐と続き、さらに急性期には恐水、恐風、興奮、精神錯乱という神経系の症状が出る。このころから周囲の人々への危害を加え始めるが、意識はまだある状態だ。
やがて紫斑が肌に出るようになり、消化器出血による血便、血尿、喀血が出ると、いよいよ見境なく周囲の人間に襲い掛かり、意識はもうろうとする。
最終的に多臓器不全、脱水症状、脳神経麻痺、全身硬直などのいずれかによって死に至る。
現時点までに回復例はなく、致死率100%という信じられない結果になっていた。
PHEICはNERLIDに対しても発令されることになり、スーダンとエジプトが指定された。
日本では、外務省がスーダンとエジプト全域にレベル3の退避勧告を出し、国境やスーダンの都市部ではレベル4になっている。
そのため、続々と観光客やビジネス滞在者が帰国を開始しており、エジプトからの退避も始まっていた。
エジプト政府は観光業への甚大な影響から、WHOの発表の遅さを痛烈に批判。また、渡航注意を促す国際社会も非難した。
本来、エボラも狂犬病も、接触に気を付けてさえいればまず感染しないようなものであり、感染が数百人単位で拡大するようなことはなく、そうなる前に宿主も命を落とすものだ。
しかしNERLIDは、医師や看護師に対して患者が噛み付くなどの攻撃を行うことから、感染が広がってしまっている。
病院に行けない家庭では、家族が家族に噛み付くなどして感染しており、都市での感染は通常のエボラや狂犬病とは考えられないスピードで広がった。
唯斗がジュネーヴからリヨンに戻った時点で、スーダンでは累計で12万人以上が感染、6万人が死亡、エジプトでも累計感染者数は5万人、死者3万人となっている。
死亡していない者から次々と感染が広がっており、スーダンではほぼ全域で、エジプトでも首都カイロおよび新首都ニュー・カイロを含む全土で感染が始まっていた。
さらに、スーダンの対岸であるサウジアラビアのジェッダやエリトリア、エチオピアの国境付近でも感染例が報告されており、南スーダンでも可能性のある事例が見受けられていた。
ヨルダン、イスラエル、リビアは国境を封鎖しており、サウジアラビアもスーダンとエジプトからの船舶の停泊を禁止。周辺国での動揺も急速に広まっていた。
WHOは原因の一つとして、ベハタール・カル財団とその後援企業による不正な治験を挙げ、財団は国際的な非難によって解散。後援の製薬大手も株価の暴落によって取引を停止していた。
しかしもはや、そうしたことは些末な対応に過ぎなかった。
WHOの発表に前後して、人口の密集する旧カイロでは、当局の把握していないスラム街での感染が猛スピードで広がっており、その治療にあたっていた医師は自らに抗生物質を大量に投与。それが再び変異を招き、潜伏期間が5日間から一気に1日へ、発症への時間が短縮される。増殖スピードと血小板・白血球の破壊スピードが急激に速まったのだ。
最初は感染から発症まで1日。当該医師から他のNGOメンバーに感染していき、やがて潜伏期は半日に。ホテル周辺のオフィス街に広がっていき、さらに短縮されて一時間に。
そうして、ねずみ算式に感染が拡大する状況となってしまったため、突然の大混乱によって瞬く間に軍も瓦解しカイロの都市機能は喪失。空港は帰国しようとする人々でごった返した。
その中の1便、王立ベルギー航空は、カイロを出発する1時間ほど前にビジネスクラスの客の一人が感染した。この客が保有していたERLVは、発症まで2時間かかる段階のものだった。当然だが、様々なウイルスが入り乱れているのである。
離陸して少しして、ビジネスクラスから感染が始まる。暴れる客は確保されベルトで固定されたが、CAと周辺の客12名に感染、引き返そうにもカイロ空港は封鎖されており、トルコやイスラエル、ギリシャやイタリアなど周辺国はエジプト便をすべて拒否していたため、仕方なく目的のブリュッセルまで飛行。
そして感染した者たちからエコノミーや他のクルーにも感染は広がっていき、機内は地獄と化した。じきにコックピットは客室と連絡が不能になる。
ブリュッセル国際空港は、機長からの連絡を受けてこの機体に対して着陸後の滑走路待機を命じていた。しかし、機体が着陸すると、衝撃でコックピットが破られ機長たちにも感染。
コントロールを失った機体は、誘導路を直進して国際線ゲートではなくシェンゲン協定ゾーンのターミナルにゆっくりと突っ込んだ。
ガラス張りの壁を突き破り、機体は多くの人で賑わう保安検査場に突っ込む。柱や壁によって前輪が外れると機首は床に激突し、そのまま進んだために前方が真っ二つに折れた。
悲鳴とともに人々が逃げ惑う広い保安検査場に機体から落ちてきたのは、213名の感染者。
一瞬にしてパニックとなった空港は、逃げ惑う人々と感染者が混ざる。軍や警察は、なんとか感染者を隔離しようとするが、保安検査場で新たに感染した人々が加わるためキリがなかった。
なんとか逃げ仰せた者の中には、感染している者もいた。つい噛まれていなければ大丈夫だと思ってしまうのはゾンビ映画がそうであるからだが、血液感染の主な経路は血液や体液を摂取してしまうことだ。飛び散った血飛沫が口から入ってしまったことで感染した者が、それに気付かずブリュッセル中央駅へ向かう列車に飛び乗る。
そのまま、中央駅から国際列車に乗り換えて、自宅があるアントウェルペンへ向かおうとして、発症した。
こうして、感染は首都ブリュッセルからあっという間にオランダ、ルクセンブルク、フランスへと広がっていった。慌ててドイツは国境を封鎖したが、すでに遅い。
感染者を乗せたまま、高速鉄道ICEが、フランクフルトからハンブルクへと向かっていた。