Sunset Undead−14
ハンブルク空港から1時間としないうちに、唯斗はパーシヴァルの運転する車でハンブルク市の中心部からやや南西、ミッテ区のザンクトパウリ地区へとやってきた。
エルベ川に面した風情ある港湾エリアに聳える、この地域らしい赤レンガの荘厳な建物が、唯斗の目的地だ。
ビジネス街でもあり、欧州屈指の港であるハンブルク港の北端に位置するザンクトパウリ桟橋がある。
近代には、この桟橋からアメリカ大陸へと船が出港していった。また、ここに到着した船乗りたちが楽しむための歓楽街レーパーバーンもあり、ドイツ最大級の風俗街にして、「世界で最も罪深い1マイル」とも称される。
多様な側面を持つこの地区に位置する研究所の駐車場に車が入ると、一瞬だけ沈黙が落ちる。ついにやってきたそのときに、車を出たくないような気すらしてしまって、唯斗はそんな自分に困惑した。
ただの傭兵、契約で一緒に旅をしただけの相手。そう言ってしまうことは簡単でも、この数か月はそんな言葉で片付けられるものではなかった。
そこに、スマホが着信を知らせる。メッセージで、到着したら連絡しろと書いてあった。
それに急かされるようにして、唯斗はロックを外して扉を開けた。その音を聞いて、パーシヴァルも同じく車を出る。
短い夏の終わりに差し掛かった北ドイツの爽やかな空気を吸い込んで、熱帯性気候や砂漠で過ごした時間とのギャップに蓋をして、パーシヴァルに向き直る。
「あー…かなり長いこと、護衛してくれてありがとう。これで今回の契約は満了だ」
「私も、世界のためになる旅に同行できて光栄だった。NERLIDの解決のためにも、これからの活躍に期待しているよ」
にっこりと笑ったパーシヴァルに、唯斗も小さく笑い返す。研究所に入ろうと足を踏み出そうとして、パーシヴァルは「そうだ」と手を差し出した。
「最後に、よければ握手を。君のような素晴らしい人物の護衛任務に当たれたことを喜びたい」
「そんな大げさな…まぁ、こちらこそ」
唯斗は応じて、大きなパーシヴァルの手と握手をする。すっぽりと包まれてしまったその大きな手は、武骨で節くれだっていたが、何度も唯斗を守ってくれた。
手を離せば、いよいよお別れだ。唯斗はスマホを取り出しながら、今度こそ研究所に向けて歩き出した。
「また何かあったら頼む。じゃあな。手洗いうがいはちゃんとしろよ」
「はは、さすがだね。いつでも次の依頼を待っているよ」
軽く手を振ってから、唯斗は歩き出す。スマホで知り合いに連絡を取りつつ、エントランスへと向かった。
少しして、背後からエンジン音とともに車が走り出す音が聞こえてくる。このあとハンブルクに一泊してから、空路でロンドンに戻ると言っていたため、恐らくホテルにでも向かったのだろう。
そこで電話口に知り合いの声が聞こえてきたため、唯斗は意識をそちらに戻した。
「あぁ、雨宮だ。ハンブルクの研究所に着いた」
『そうか、よかった。もうニュースは見たかい?ブリュッセルは恐慌状態だ』
「は…?」
電話の相手はヘンリー・ジキル、ロンドンの国立医学研究所に勤める感染症の研究者であり、今回のNERLIDに関してともにWHOのアドバイザーを任されていた。
そのジキルからそんな不穏なことを言われ、唯斗は慌てて別のスマホでニュースを確認する。そこには、ブリュッセル空港で大量の感染者がターミナルに溢れてしまったという衝撃的なニュースだった。