Sunset Undead−16
電車はやがて中央駅に停車する。プラットホームは端の1番線、反対側は13番線まであり、プラットホームの列を巨大な筒状のドームが覆う。
トレインシェッドという構造で、線路とホームをすべて一つの巨大なドーム屋根で覆う建築だ。ハンブルク中央駅はかまぼこ状をしている。
高さ数十メートルの鉄骨のドームは、たくさんの天窓から光が射す。実に欧州らしい駅だ。
ホームを横切るようにして、ドームの筒の両端には2階部分があり、そこには飲食店が並ぶ。
ホームに降りると、両端のエスカレーターからその2階部分に上がる。2階部分と便宜的に言ってはいるが、実際にはそこが地上階だ。欧州の駅は改札がないため、そのまま外に出られる構造である。
電車が止まり、ボタンを押して扉が開くと外に出る。
途端に、悲鳴が響き渡った。
「…は?」
慌ててそちらを見ようとしたが、車体が邪魔で見えない。車外に出てすぐに、駅のいつもと異なる喧騒が耳に飛び込んできた。
悲鳴、絶叫、悶絶。走る人々の足音や、電車の警笛。
「遅かったか…!」
すぐに何が起きているのか察した。あと少し、間に合わなかったらしい。
ホームから階段を上り地上階へ向かう。同じ電車にいた人々は、階段の途中から他のプラットホームの惨状を見て顔色を変えた。
無数の血痕と、倒れる人々。やがて起き上がって、別の人間に襲いかかる。倒れる身体には鉄道会社のスタッフの姿もあった。
悲鳴は地上階から聞こえてくる。注意しながら上りきると、たくさんの人々がてんでバラバラに走っていた。各ホームから上ってきて、それぞれ異なる出口やレストランの方へ走っているのだ。
すでに外から警察のサイレンが響いてきている。
地上階のコンコースから階下のホームを見る限り、死体の数からして11番線に停車しているICE、長距離高速列車が発生源だ。フランクフルトかハノーファーで感染者を乗せ、車内で感染が拡大したのだろう。
見下ろしていた柵に沿って設置された券売機に隠れるようにして、唯斗は周囲の状況を確認する。
コンコースに面したレストランや売店には、人々が隠れて様子を窺ったり、襲い掛かる感染者と格闘したりしている。
コンコースや、屋外へと続く通路は感染者と人々が入り混じっており、恐慌状態となっている。その悲鳴や足音が広い構内にこだまし、少しずつ、感染者の方が数が増えてきた。
血だまりで滑った女性が噛み付かれ、電車に籠城しようとした男性が扉から出てきた感染者に組みかかられ、感染した男性ともどもコンコースから線路に落下する老人の悲鳴が響き、駅員に噛み付かれそうになった母親が子供たちを逃がそうと叫ぶも、子供たちは走り出してすぐに別の感染者に蹴り飛ばされ、腕に噛み付かれる。
そんな地獄絵図がハンブルク中央駅に満ちていた。
呆然とそれを眺めていた唯斗は、スマホが着信を告げたことで我に返る。
シグルドからの着信であり、それに出ようとした瞬間、券売機に男が激突した。
その衝撃に驚いてスマホを取り落とし、唯斗は慌てて飛びのく。券売機に突っ込んだ男は、ゆらりと券売機から離れ、こちらを見遣る。肌は黒ずんでおり、口の端から血を流し、血尿によるものだろう、ズボンは赤黒く濡れていた。
「ひっ…!」
思わず引きつった声が漏れる。後ずさった瞬間、男はこちらに掴みかかろうとして一歩を踏み出した。
体が動かない。実際にNERLIDに感染した者を見るのは、エジプトでの初期症例を除けば初めてだ。
体は動かないのに頭は冷静で、自分の体が硬直してしまっている事実を客観的に理解していた。
これはまずい、と思った瞬間。
銃声が駅構内に響き渡り、男はわずかに頭から血を流して、ふらりと倒れた。
「唯斗!怪我は!!」
すっかり聞き慣れてしまった声に、唯斗はつい、涙腺が緩みそうになるのを必死に堪えた。
「パーシヴァル…っ、」
ふわりと唯斗の肩を抱いて、銃を構えた大きな体が視界を覆う。わずかに振り返り、パーシヴァルは微笑む。
「すぐに再会できてよかった」