Sunset Undead−17
絶叫、悲鳴、無数の足音がこだまする構内で、パーシヴァルの端麗な声はよく聞こえてきた。
「中央駅近くのホテルにいたら、様子がおかしかったから確認しに来たんだ。場合によっては、一度研究所に向かおうと思っていた」
「な、んで…もう、仕事は終わっただろ」
すでにパーシヴァルと唯斗との間での契約は終わっている。もうパーシヴァルは業務外のはずだ。それなのに、緊急事態になっているようであれば研究所まで唯斗のために向かおうとしていたという。
パーシヴァルは唖然とする唯斗に苦笑する。
「守りたいと思ってしまった。それだけさ」
「っ…、」
そう言ったパーシヴァルの瞳は柔らかく、ただ、唯斗を守ろうと思ったという言葉がその通りなのだと否応なしに気づかされる。
まだいろいろと言いたいことはあったが、着信音が再び鳴り始めたスマホが床で振動し、唯斗は慌てて拾い上げ、血液などが付着していないことを確認してから電話を取った。
「シグルドか?」
『良かった!無事か!?中央駅から旧市街にかけて、すでに感染者が溢れていると報告を受けている』
この混乱は当然、研究所にも届いており、電話口からも焦ったような混乱するスタッフたちの怒号が聞こえていた。施設の閉鎖を行っているのだろう。
『今どこにいる?』
「中央駅。雇ってた傭兵と合流できたところだ。施設戻れそうか?」
『こちらは構わないが、鉄道も地下鉄も止まっているし、道路は逃げる市民でごった返している。徒歩を推奨する』
「分かった。警察もパニック状態だろうからな、自分たちで何とかする」
『気を付けて』
通話を終えると、警戒していたパーシヴァルは周囲を見つつ今後の方針を確認する。
「どうする?Sバーンの線路を歩いていくかい?」
「いや、ハンブルクSバーンの都心部区間は第三軌条方式だから線路に電流が走ってる、線路を歩くのは危険だ。最短距離はU3に沿って行くことだけど…」
「Uバーンの3号線沿いの道路は、旧市街の中心部、繁華街だね。相当な混乱だろう」
ドイツの大都市は、近郊鉄道としてSバーン、地下鉄としてUバーンがあり、郊外の都市との間はRBやREという鉄道が、他の大都市との間はICやICEという高速鉄道が走っている。
このうち、ハンブルクのSバーンは多くの区間が第三軌条方式という、線路から電力を得て走行する方式になっており、架線が存在しない。東京で言えば丸ノ内線や銀座線がそれにあたり、線路を歩くのは感電死の恐れがあり極めて危険である。
ハンブルク中央駅からランドゥングスブリュッケン駅まで、徒歩で地上を歩く場合には、地下鉄であるUバーン3号線が走る道路を歩いていくのが一番早いのだが、この道は旧市街の繫華街となっており、恐らく大混乱に陥っている。
「あーくそ、ゲームだったら発砲しまくって行けるんだろうけど、さすがにこれ、ゾンビ映画でもゲームでもねぇからな」
「正直、それよりひどいように見えるけれどね」
あちこちに血だまりができて、多くの死体が転がっている凄惨な光景は、確かにこのまま映像化すれば発禁モノだろう。
あまりに現実離れしている光景のため、もはや唯斗は何も感じなくなっていた。いや、脳がこのショッキングな景色の理解を拒むことで、思考回路を維持しているのだ。これもバイアスの一種である。
パーシヴァルは単に経験値の差といったところか。
「…よし、少し遠回りだけど、いったん駅から南に行ってツォル運河に出よう」
「なるほど、常に片側を水辺にすることで警戒を容易にする作戦だね」
「……さすがだな」
パーシヴァルのハンブルクでの任務は、唯斗を市内で研究所まで送り届けてから、傭兵会社が調達した車を返却すること。たったそれだけのはずなのに、パーシヴァルはハンブルク市内の地図を記憶している。
よくこの街の研究所に来ていた唯斗だから地図がある程度頭に入っているのであって、こんな僅かな任務とも言えない任務であっても、パーシヴァルはしっかりと地図を頭に叩き込んでいた。
そのうえで、唯斗が意図していたことを正確に理解した。
駅から環状道路を南下してツォル運河に出てから、運河沿いに西へと歩いてエルベ川に出て、川沿いに西に進むことで研究所に到達するという方針は、道の片側を常に水辺とすることで、感染者の接近ルートを絞って警戒しやすくするメリットがある。
遠回りになるデメリットはあるものの、それほど重大なタイムロスというわけでもない。
「仕事柄、これくらいは当然だよ。むしろ、私も合理的だと考える案を先に提案して見せた君に感心する。さすがだ。さあ行こう、この地獄を世界に広げないようにしなければ」
「…あぁ」
それができるかどうかは分からない。それでも、唯斗にできることは、このウイルスの討伐方法に少しでも近づく努力だけだ。