覆水盆に返らず−5
レイシフト後、唯斗は勇気を出してランスロットのところに向かった。ロビンも天草も頑張れと応援してくれたが、ただ話しかけに行くだけなのに応援されるというのが不甲斐ない話だ。ただ、それくらい唯斗は、他者との関わりを持ってこなかった。
そうして、唯斗はシミュレーター近くの廊下でランスロットを発見し、後ろから声をかけた。歩くのが早かっただめだ。
「ランスロット、」
白いマントを翻すランスロットは、声に反応して立ち止まるとこちらを振り返る。
「…何か」
やってきた唯斗を見て、ランスロットは一言そう返す。ぎくりとして立ち止まってしまった。どう聞いてもあまり好意的な反応ではない。
「え、と…その、今時間あるか?」
「出撃でしょうか。しかしレイシフトから帰還されたばかりでは?」
「レイシフトとかじゃなくて…ただ、話してみたくてさ。ほら、俺もブルターニュで暮らしてたから、円卓ではランスロットに一番憧れがあるっていうか…」
どうして話してみたいと思ったのか言うといい、というロビンたちのアドバイス通り、唯斗はランスロットに声をかけた背景を伝える。
ランスロットは軽く目を瞠るが、すぐに複雑そうな表情になった。
「…お言葉ですが。私はあなたの憧憬に見合うような英霊ではありません。ブリテンを滅ぼし、王を破滅に追いやった罪人。私は裁かれるべき咎人なのです」
「っ、」
思わず息を飲む。確かに生前の華やかな記憶もあるのだろう、だが英霊とは死んだあとの情報体。すなわち、ランスロットは円卓を滅ぼし、一人出家して餓死を選んだあの結末を経験した上でここにいる。死に際の後悔や罪の意識をまだ残しているのだ。
「…ごめん、気を遣えなくて」
「あなたが謝るべき場面ではありません。私が今言うようなことではありませんが、マスターであれば堂々としているべきです」
「…、」
「……いえ、失言でした。何であれ、私はあなたの剣であることに変わりない。存分にお使いください。あなたが正しきことをしている限り、この刃があなたに向けられることはありません」
もう目も合わせられず、視線が下がる。またも気づくべきものに気づけなかったどころか、たしなめられる始末。
正しいことをしている限りマスター殺しをするようなことはない、裏を返せば、常に唯斗をマスターとして正しいか品定めしているということだ。
そういえば、サンソンも同じことを言っていた。自分は剣であり天秤であると。
そうだ、マスターとしてすべきことは、人理を救うことであり、人理を乱す敵と戦うことだ。そのためにサーヴァントがいるのであって、唯斗の個人的な部分に基づくことなど本来は不要なのだ。
それでも、優しい英霊たちは人間的な接触もしてくれていた。もともとランスロットのような反応こそ正しい。
マスターとしての自覚が足りなかった。あくまで、サーヴァントが戦うための機能でしかないマスターという役職に徹するという自覚だ。
ずきりと再び心臓が締め付けられるような感じがしたが、唯斗はそんなことは無視して、もう一度ランスロットを見上げる。
「…そうだな、俺はあくまで、グランドオーダーというオペレーションに必要な装置でしかない。ありがとな、浮ついた態度で第五特異点に臨むところだった」
「っ、マスター…?」
「これからもよろしく」
なんとかそれだけ言って、唯斗は会話を切り上げた。
唯斗はあくまで、たまたま人理を救うという大役を任せられたに過ぎない。ロビンやランサー、そして天草のような一部の英霊たちが寄り添ってくれるだけで、あまりに幸運なことだったのだ。