覆水盆に返らず−6


長丁場となったアメリカ大陸横断の旅も終え、今までで最も厳しい戦いになったクー・フーリン・オルタとの戦闘も無事に勝利し、ついに第五特異点の修復を完了した。
帰還後、しばらくは筋肉痛であまり動けなかったほどの疲労があっただけでなく、マシュも体を酷使したことで疲弊していた。

ずっと気まずい関係が続いているサンソンやマンドリカルド、ランスロットも一時召還として総動員しての戦いとなったが、ひとまずまたカルデアでの日々が戻ってくる。

ちなみに、ランスロットとのことはロビンと天草に共有済みだったが、ロビンはわりとしっかりキレていた。天草はロビンを宥めつつ、「単体セイバーが彼だけでなければ退去させることも視野に入れられたのですが」と言っていた。
こうやって言ってくれる彼らだけで十分、唯斗は恵まれている。

そう、思っていた。


「…すみません、マスター。私にはどうしても、諦められない夢があります。世界平和と人類の救済という夢が」


ある微小特異点の探索中、特異点の発生原因と考えられる巨大な聖杯もどきを前にして、天草は黒鍵を唯斗に向けた。
禍々しい光を放ちながら、冬木の大聖杯級の魔力リソースとなろうとしているエネルギー体は明らかに汚染されており、正常に機能するとは思えない。単なる魔力リソースとして使用するとしても、この汚染された魔力を開放して制御することは、とてもじゃないができると思えなかった。

ただ、それは天草にも当然理解できていることだろう。

天草が、かつて本気でその夢を果たすために、60年もの歳月を費やして聖杯大戦なる戦いを引き起こしたことは聞いていた。
並々ならぬ執念だ。あの島原の乱を経て天草がたどり着いた結論であるならばと、唯斗はそれを否定することはしなかった。むしろ、長崎の地に起きた悲劇を経てもなお、人類の救済を願ってくれているということを嬉しいと感じた。

だが、彼の本気というのは、そんなものでは済まなかったらしい。

天草は申し訳なさそうにしている。それは本心だ。心から、唯斗に刃を向けることに罪悪感を抱いていた。しかし、彼はそれすら殺せるのだ。そうでなければ、受肉して60年もの月日を費やしてまで世界を救おうなどとは思わない。絶望する方が簡単な世界なのだから。

同行していたマンドリカルドとランサーは、すぐに切り替えて天草との戦闘態勢になる。


「うさんくせぇヤツだとは思ってたけどよ、ついに正体現したな」

「マスター、いいっすね」


ランサーはすでに槍の切っ先を向けており、マンドリカルドは低く念のための確認を取る。

衝撃と驚きで言葉を継げなかった唯斗だったが、ひとつ呼吸をして、天草を見据える。不思議と、悲しみなどはなかった。
ただ、ひどく凪いだ面持ちだった。


「……天草」

「…はい」

「覚悟の上、だな」

「はい」


天草はためらわずに答えた。ならばもう、これ以上は不要だ。通信ではロマニとダ・ヴィンチの焦ったような声も聞こえるが、やることは決まっている。


「ランサー、マンドリカルド。宝具解放」

「了解!」

「うっす!」


唯斗はすぐに、ランサーとマンドリカルドに指示を出した。感傷も感慨もない。ただの作業のように、唯斗は天草を殺すための指示を出している。

マンドリカルドのブリリアドーロが走り出し、その上に飛び乗ったマンドリカルドは木刀を輝かせて天草に迫る。
天草は黒鍵を空中に出現させて牽制のために射出するが、突然、それを受け止める黒い影が現れた。


「っ?!」

「誰です」


天草の固い声が一気に警戒をにじませている。何か分からないが、唯斗はマンドリカルドに声をかけた。


「気にするな!叩き込め!ランサーもマンドリカルドに続けて宝具ぶち込め!」



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