覆水盆に返らず−7


「そうそう、それでいいぜマスターさん」


黒い影からそんな飄々とした声が聞こえてくるも、今はそれどころではない。
マンドリカルドは戸惑いつつ、すぐに切り替えて天草に木刀を叩き込む。天草は最初の二撃を避けたが、最後は避けきれず、木刀に切り裂かれる。
呻いたところに、今度はランサーの槍が迫った。すでに当たるという因果が成立している以上、天草は避けることができない。
咄嗟に、天草はさらに黒鍵をランサーに向けて連射したが、再び影がそれを受け止めた。「いってぇ!!」と悲鳴を上げているが、ランサーはそれには目もくれずに槍を天草に突き刺した。


「ぐッ…!」

「チッ、さすがルーラーか…!」


ランサーは舌打ちをついて天草から離れる。天草は槍をなんとか結界によって受け止めていた。とはいえ、貫通していないだけで刺さりはしたようで、大量の血を流している。

一方、影は光を通さないブラックホールのような人の姿をして立ち上がり、天草に立ちはだかる。


「ヒュー!ラッキー!暗黒のレアサーヴァント体験サービスに見事ビンゴとなりました!っつーことで、いっちょ俺の宝具、受けといてくれ!」


恐らく笑っているのであろう黒い顔でそう言うと、突然、天草はさらに呻いて血を吐き出した。


「な…っ?!」

「…ナニモンだ、お前さん」


ランサーはさすがに不審に思ったのだろう、唯斗を守る位置に立ちながら影に問いかける。
影はこちらを振り返ってニヤリとした(ように見えた)。


「俺は最弱のサーヴァント、アンリマユ。ま、聖杯と同化した呪いそのものだな。クラスはアヴェンジャー。俺の宝具は受けたダメージをそのまま跳ね返すってもんだ。跳ね返す前に死ぬ可能性大なんだけどな!」


なんと、このサーヴァントはゾロアスター教のアンリマユ、世界最古の善悪二元論を生み出した古代宗教の悪性だという。
言葉通りなら神そのものであるはずだが、そういった気配や魔力は感じられない。いや、極めて重厚な呪いの圧力は感じ取れた。

神性ではなく悪性、といった方が正しい。


「聖杯と同化した呪い…天草の行動に対してカウンター召還されたのか」

「そゆこと!ま、これであいつもダウンしたし、早速お役御免かな?」


古代宗教の神の名を冠するわりに、非常にフランクだ。矢継ぎ早にことが起こったため理解が追いついていないが、とりあえず、天草は戦闘不能だろう。


「…よく分からないけどありがとう、助かった」

「礼には及ばないって!じゃあな!」


そしてアンリマユは颯爽と聖杯もどきの泥の中に突っ込んでいった。あんなものに触れればただでは済まないはずだが、本当に呪いそのものということか。

とりあえず危機は去ったため、唯斗は通信に呼びかける。


「ひとまず天草はダウンさせた。いったん、全員帰還させてくれ。瀕死とはいえ残していくわけにもいかない」

『…分かった。無理はしないでね、唯斗君』


ロマニは心配そうにしているが、この男はいつも唯斗のことを心配している。いつものことだ。

そうしてカルデアに帰還すると、天草はコフィンを出て床にがくりと膝をつく。ランサーとマンドリカルドは変わらず警戒を続け、管制室からはロマニとダ・ヴィンチも駆けてくる。

唯斗は、いったん天草に治癒術式をかけた。これによって天草はなんとか喋ることができるところまで回復する。

ロマニは天草と唯斗を見比べてから、言いづらそうに切り出す。


「…さて。今回の件の処遇だけれど。僕は、退去させても構わないと思っている。最終的な判断は唯斗君に任せるが、他の英霊たちの目もある。見せしめではないけれど、毅然とした対応も必要な場面ともいえる」

「幸い、カルデアの戦力も増強されたしね〜。ルーラーに代わる者がいるわけではないけれども、頼りきりになる必要もないんじゃないかな?」


ダ・ヴィンチも戦力的な面から退去に問題ないと告げる。ランサーとマンドリカルドは依然として警戒を続けており、この話を聞いた他のサーヴァントたちもそうなると容易に想像できる。
一方で、ロマニは気づかわしげに唯斗を見遣る。


「……正直なことを言うと。僕は、唯斗君が最も心を開いていた相手である天草がこんなことをしでかしたことに、怒りを覚えている。君、その自覚があって裏切ったのかい?」

「…肯定します。私は、マスターを深く傷つけることを承知であの行動に出ました。処断されて当然でしょう」

「じゃ、殺すか」



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