覆水盆に返らず−11
その晩、なんとかオルタが一晩を明かせる森を見つけてくれたため、焚火を焚いて木の幹に凭れて休んでいると、哨戒を終えたオルタが戻ってきた。
座って休んでいる間なら、唯斗も自分で敵の気配を探ることができるため、オルタを単独で行動させていた。
「近くに敵陣あったか?」
「いや。斥候の気配もねぇ。この森は安全だ」
オルタはそう言いながら、焚火を挟んで向かいの丸太に腰かけた。どうやら今晩はしっかり眠れそうだが、そもそも場所が変わると寝られない唯斗には、どこであろうと目を閉じるだけになる。
「そうか。あ、地下水見つけたから転移して汲んでおいた。飲むか?」
「…いらねぇ。俺はサーヴァントだ、飲まず食わずが基本だろう」
「生前の行動とあまりに違うとパフォーマンスに影響することがあるからな、ランサーのクー・フーリンとかはサーヴァントとしての召喚経験が豊富らしいから心配なかったけど、お前は特異点とカルデアだけだろ」
特に心配しているわけでもないし、サーヴァントに飲食が不要であることももちろん理解している。しかし、サーヴァントとしての現界経験が少ないと、生前との違いによってパフォーマンスが低下することがある。特に近代のサーヴァントに多い事例だったが、オルタは神代ぶりだ。
「ハッ、お優しいこったな」
「武器のメンテナンスは使う人間の仕事だろ。それだけの話だ」
「…ま、正論だな」
オルタは特に変わった様子もなく、さすがにこのレベルの戦士ともなればサーヴァントとしての経験などは影響しないか、と結論付ける。それならばこれ以上の会話は不要だ。
どうせ寝られないだろうが、食事は非常食で済ませたし、水も飲めたため、唯斗は木の幹に寄りかかる姿勢を深くして無理やり目を閉じる。
パチパチという火が爆ぜる音だけが響き、虫の音もあまりしない静かな森。草木が擦れあう音も、僅かな風のせいであまり気にならなかった。
1時間半以上が経過したころだろうか、見かねた、といった感じで、オルタがついに言葉を発した。
「……おい、いつまで起きてんだ」
この男が寝息に気づかないはずがない、唯斗の呼吸から、まだ就眠していないことに見かねて指摘したようだ。
唯斗は目を開き、何も変わりない焚火越しにオルタを見遣る。
「…ちゃんとベッドがあっても、場所が変わると寝られないんだよ、俺。この時間から無理やり目を閉じてればそのうち意識飛ばすから気にしなくていい」
「お前こそそれでパフォーマンス落ちるんじゃねェのか」
「いつものことだしな」
それは少し嘘だ。今まで、レイシフト中の睡眠は天草かロビン、キャスターがサポートしてくれていた。天草が赤い外套を、ロビンが緑のマントを貸してくれたし、キャスターも肩を貸してくれた。
結局のところ、どのような場所であるかではなく、誰が隣にいるかなのだろう。本当は、唯斗は安心できる人の傍でなければ、レイシフト中という緊張状態で眠ることなどできないのだ。
「…チッ、おい、こっち来い」
「…え、」
すると、オルタはおもむろに手招きした。キャスターのように催眠のルーンでもかけてくれるのだろうか、と考えながらとりあえず立ち上がり、焚火の向こう側に回り込む。
そこに、オルタは自身の隣に羽織っていたいかついマントを地面に置いた。赤いファーのようなものがついた黒いマントを示す。そこに寝ろ、ということだろうか。
「せめて横になれ。座る姿勢よりも眠りに就きやすい。礼装が体温を調節しようとする魔力消費も減って緊張状態が和らぐ」
「…お前本当にバーサーカーか……?」
「殴られたくなきゃ速やかに横になれ、じゃなきゃ抉る」
唯斗はそそくさとマントの中にお邪魔する。地面に敷かれた部分に横になり、さらに余った部分にくるまれるように体に巻き付ける。ファーは柔らかく、枕代わりになった。
ほんの数センチ近くにオルタの大きな体があるというのは、つい最近敵として対峙したこともあって不思議な感じがするが、緊張は和らいだ。
「…そういうとこ、やっぱクー・フーリンなんだな」
「知るか」
ぶっきらぼうな返答だったが、それに安心してしまう。余計なことは言わない、話さない。ただ武器としてそこにいる。それでも、クー・フーリンとしての片鱗を覗かせるオルタに、いつの間にか安心して瞼が自然と落ちていた。