覆水盆に返らず−13
「ヴァズィ!」
左手の術式も起動すると、唯斗は二人の近く、結界の内側に穴をあけた。穴はさらに奥へと水平方向にも続き、シャドウサーヴァントたちの背後まで続く。
「お前が兵器なら俺は制御装置。嫌かもしれないけど一蓮托生だ。そして何より、兵器の役目は使い捨てで相手を殺すことじゃない。殺した相手の屍の向こうに、持ち主を連れていくことだ」
唯斗は右側に立つオルタを見上げる。そこに不機嫌な色は浮かんでいなかった。
「…いいだろう、お前の言う兵器の定義に従ってやろうじゃねぇか、マスター。念話で合図したら結界解いて援護しろ」
「了解」
オルタはニヤリと笑うと、唯斗が空けた穴から素早く移動を開始した。
僅か数秒後、轟音とともに地面が振動する。唯斗が急造した隧道から地面を突き破り、シャドウサーヴァントたちを背後から一気に攻撃したのだろう。
(結界を解け)
念話で合図を送られた唯斗は、結界を解いて深く息を吸う。かなり魔力を使って、魔術回路がズキズキと痛んだ。
だが戦いはまだ続いている。シャドウサーヴァントの剣が再びオルタに向かうと、唯斗は強めのガンドによってその手を強く弾き、太刀筋を逸らす。その隙にオルタが槍を突き出した。
本来なら剣で防がれた軌道に瞬く間に槍が差し込まれたことで、シャドウサーヴァントの霊核が砕かれる。
一方、もう1騎のシャドウサーヴァントは唯斗を明確に邪魔だと認識したのか、こちらに向けて光線を放つ。唯斗は迷彩術式で自分の姿を隠すと、同時にシャドウサーヴァントの足元の地面を転移させる。
「ヴィアン」
その土は唯斗の近くに転移してばらばらと崩れたが、シャドウサーヴァントは先ほど唯斗が空けた隧道に落下する。
そこを、オルタの槍が頭上から脳天を突き刺した。かなりえぐい突きに、つい目を逸らす。
だが、これで敵生体はすべて沈黙した。
ふう、と息をつくと、おもむろに地面が揺れ始めた。
『まずい、特異点修復の衝撃もあって、その洞窟が今にも崩落する!』
通信からのロマニの情けない声が聞こえていたオルタは、瞬時に唯斗の傍まで来ると、何も言わずに唯斗を抱き上げた。
最初から棘を消していたようで、違和感なくオルタの腕に収まっている。
「掴まってろ」
「分かったから全速力な」
ぎゅっとオルタの肩に掴まって、胸元に顔を埋める。単に全力疾走するオルタの体からはみ出ると危険だからというだけのことだが、意外と悪くない。大柄な体に抱き込まれている安定感のおかげで、崩落する洞窟からの脱出という局面であっても、焦りや恐怖はなかった。
そして、洞窟を出てきつい日差しの下に出るのと同時に、洞窟は山体ごと崩落。粉塵が立ち込める中、唯斗はこわばっていた体の力を抜いて、ようやくオルタにすべての体重を預ける。
「あー……疲れた」
そろそろ下ろされるかと思ったが、オルタは唯斗を抱きかかえたままだ。どうしたのかと至近距離の顔を見上げると、その切れ長の瞳はまっすぐ唯斗を見下ろしていた。
「…俺はお前さんのことはよく知らねぇし、知るつもりもねぇ。だが……」
「…?」
オルタは静かな声で口を開く。すでに帰還レイシフトが始まり、体が軽くなり始めていた。
「…お前は、機械よりも人間の方が向いている」
「っ、」
「…まァ、お前さんの在り様なんざ知ったこっちゃない、好きにすればいい」
ふっ、と小さく笑ったオルタは、どこか優し気な表情だった。それは一瞬のことだったが、唯斗はなぜか目を合わせていられなくて、顔を隠すようにオルタの鎖骨あたりに目元を埋めた。