覆水盆に返らず−17


唯斗には代わりはいないのに、唯斗でなければならない理由もまたない。単なる偶然であり、このグランドオーダーは、そんな偶然で始まったものだった。


「俺じゃなきゃいけない理由はない、でも、俺には理由がある。ずっと一人だった俺に居場所をくれた歴史を、それを守って繋いでくれた英霊たちの記録を、さらに未来へ繋いでいかなきゃいけない。人を導いてくれた神がいた、鬨の声を上げてくれた戦士がいた、名もないただ一人を顧みてくれた人がいた、負の側面を突きつけられても人類の救済を願ってくれた人がいた。そうやって繋いでくれた歴史が、それを知ることが、居場所がない俺にとって世界そのものを居場所にするような感覚をくれたんだ。それに、救われた」


ディオスクロイたちやオルタ、ロビン、天草は、唯斗がこんなことを言うのが意外だったのだろう、驚いている様子だった。
唯斗自身、これに気づいたのは最近のことだ。最初は無気力にただやっているだけの旅だったものが、第一特異点でのマリーやジャンヌとの出会いを経て、世界をだんだん悪くないと思えるようになっていった。
思えばそれは、唯斗にとって、誰からも存在を否定される中で唯一、自分に居場所を与えてくれる歴史というものを守る行為だと自覚したからだったのだろう。


「だから俺は、その恩返しをしないといけない。歴史に救われておいてそれを救わないなんてこと、したくなかった…たとえ、俺に求められる役割がただの機構でしかないんだとしても、俺の価値が人類最後のマスターであるという事実以外になかったとしても。古ぼけた歴史書に温もりを感じたあの頃を、裏切りたくない」

「…なるほど。どうやらあなたは、人理を担うマスターに足る人物であるようだ。敵という間柄ではありますが、それだけは英霊として、言葉を明らかにしなければなりますまい」


ガウェインは敵ながらそう言って笑った。そういうところはまさに円卓の騎士然りといったところだ。
とはいえ敵は敵、問答も済んだのなら、唯斗は戦うまで。


「…それはどうも。ディオスクロイ、あともう少し頼む」

「もちろんです、マスター」

「……指示を、マスター」


唯斗は一瞬驚いてカストロを見上げる。この男にマスターと呼ばれたのは初めてかもしれない。
だがガウェインもすでに炎の放出を始めている、動揺している暇はない。


生は死とともにあり、死は生とともにある(ベヴァ ゾー ガント マロ、マロ ゾー ガント ベヴァ)


唯斗はまず、ディオスクロイの霊基を瞬時に回復させ、さらに攻撃を受けてもダメージを受けない状態にした。これは令呪1画に相当する魔力量が持っていかれる高度な治癒術式だ。
唯斗は魔力の欠乏によって地面に膝をつきつつ、なんとか声を絞り出す。


「…宝具解放!」

「ええ!いきましょう兄様!」

「ああ妹よ!」


ディオスクロイは瞬時に飛び出すと、一瞬にしてガウェインの目の前に到達していた。すでにポルクスの剣とカストロのチャクラムがガウェインの間合いに入っている。


双神賛歌(ディオスクレス・テュンダリダイ)!」


ガウェインの炎を纏った斬撃は、カストロの盾に阻まれ、カストロの体も唯斗の術式によって保護されている。
そしてポルクスの剣、カストロの盾による連続攻撃が始まった。最初はガラティーンで防いでいたガウェインだったが、追いつかなくなり、攻撃が体にもろに入る。

続けて、唯斗は背後に立つロビンを見上げた。


「締め、頼めるか」

「いや、マスターの体のがやべぇっしょ、さすがに宝具連続は…」

「ならオルタに頼む。どっちのが俺の体に負担か、わかるよな」

「……、分かりましたよ」


ロビンはため息をついてから、左腕を挙げてボウガンを構える。
ディオスクロイの宝具攻撃が止まると、ガウェインは満身創痍ながら双子を剣で弾き飛ばす。それによって、自ら弾道を開いてしまった。


祈りの弓(イー・バウ)!!」


ロビンの宝具も放たれ、ガウェインにまっすぐ向かう。避けきることができず、ガウェインを囲むように魔力の木が生えたかと思うと、ギフトという名の呪いが反動となり、ガウェインの霊基を崩壊させた。


「ぐああッ!!!」


ガウェインは苦悶の声とともに、ついに膝から崩れ落ちる。ガラティーンが大理石に落下する重い金属音が響き渡った。
ようやく倒せた。長い息をついて、唯斗は消えていくガウェインを見つめる。

敵であっても、唯斗が人類最後のマスターで良かった、と言ってくれた。その肯定に、つい心が揺らぎそうになる。結局のところ人間でしかない唯斗は、機械になんてなりきれない。だからこそ、自分に言い聞かせているのだ。

どうせグランドオーダーが終われば、元通りの無気力人間に戻るだけなのだと。



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