覆水盆に返らず−19


ぴしりと空気が凍る。いや、ランスロットが凍り付いただけで、他の3人は首をかしげていた。唯斗はとりあえず水を飲んで、あともう一つを早く食べなければと思いつつ、だいぶ苦しいのも事実で、これは選択を間違えたかもしれないと思った。


「それは…その、ええと…」

「マスターはフランスのブルターニュで生活されていたと聞いています。ランスロット卿とは同郷では?」


ガウェインがそう疑問に思うのも無理はなく、トリスタンとベディヴィエールも頷いている。説明してやるのは簡単だが、それは不必要なことだ。いたずらに、ランスロットとの唯一の個人的な会話の経緯を話す必要などない。


「昨日も言ったけど、不要な会話はしないんだ、俺は」


正確には、そう思うようになったのはランスロットやサンソンとのことがあったところに、天草の事件も起きて、唯斗は身のふるまいのあるべき姿に気づいたということだ。ランスロットはもしかしたら自分を責めているかもしれないが、逆だ。
わきまえていなかった唯斗が、ランスロットたちを不快にさせてしまったのである。

唯斗は無理やりサンドウィッチを口に押し込むと、水で強引に嚥下する。気分が悪くなってきたが、幸い、吐きそうにはなっていない。

唯斗は立ち上がり、トレーを返しに行くことにする。これ以上はランスロットがかわいそうだ。
トレーを持って歩き出そうとすると、ガウェインが見かねて声をかけた。


「マスター、お食事はその一皿だけですか?昼食にしては非常に少ないように見えます。体は資本です、成長期なのですからもっと食べなければ。マッシュポテトです、やはりポテトはすべてを解決します」

「…気にしなくていいって。厨房のエミヤたちだって気にかけてくれてる」


なぜか、ガウェインの時代にはなかったはずのポテトを推奨し始めるのを見てどこで覚えたんだ、と気になりはしたが、今はそれよりも早くこの場を去りたい。

しかし、ランスロットも先ほどの動揺を引っ込めて、騎士としての真面目な表情になる。


「マスター、私との席を長引かせたくないがために軽く済ませるようでしたら、我々が席を離れます。病み上がりとはいえ、今こそしっかり食べなければ、レイシフト中に倒れてしまいます」


さすがに、唯斗であってもイライラの方が増してきた。悪いのは自分だと理解しているし、ランスロットの言うことは正論だし、ガウェインに至っては優しさでしかないと、すべて分かっている。それにも関わらず、唯斗は苛立ちから眉間にしわが寄るのを感じた。


「…そうだな、俺からレイシフト探索する役割取ったら何も残らないもんな」

「そういう意味では、」

「お前さ、自分から俺のこと遠ざけておきながら説教だけはしに来るわけ」

「っ、」


口をついて嫌味なことを言ってしまい、困ったようにするランスロットにさらに言葉を重ねてしまった。そういうことが言いたいわけではない、嫌いになりたいわけではないのだ。それにも関わらず感情が言うことを聞かず、視線を下げるランスロットに罪悪感がこみ上げる。
落ち着こうと呼吸を一つすると、ガウェインも立ちあがって申し訳なさそうにした。


「大変失礼いたしました、マスター。ただ主のことを知りたいと思ってのことでしたが…あまりに無遠慮でした」


ガウェインに続き、ベディヴィエールも立ち上がって軽く頭を下げる。


「私からも謝罪を。第六特異点でのことを覚えている私が、まずは卿らに話をしておくべきでした」

「私は悲しい…先行して召喚されたランスロット卿が、過去に主たるマスターに無礼を働いていたなど…それを知らずに同席を求めた厚かましさ、罪とせずなんとしましょう…」


トリスタンも座ったままながら申し訳ないと伝えてくる。そんなことを言われる立場ではないのにも関わらず、やはり大人である彼らが、先に頭を下げた。下げさせてしまった。


「…や、俺が悪かった。ランスロットが正しい。ごめんな、俺はどうしても人間としては出来損ないだから…みんなの優しさも配慮も、うまく受け取ることができなくて。本当にごめん、あなたたちを軽んじるつもりはないんだ」

「マスターそれは違います、」


ガウェインは食い下がるが、一方、また別の気配が正面からやってきた。独特の威圧感と、その異様な姿はやはり目を引く。
珍しく食堂にやってきたのは、オルタだった。



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