覆水盆に返らず−21
「…必要じゃないから切り捨てるんなら、本来、俺こそ世界に切り捨てられておかしくなかったはずだろ。今ここでみんなに優しくしてもらえているのは、俺が人類最後のマスターとして必要とされているからだ」
唯斗の言葉を聞いて、カストロとポルクスは顔を見合わせる。そして、ポルクスは少し悲しそうにしながら微笑んだ。
「いいえ、あなたにこそ相応しい役目でした。だからあなたは生き残り、人類最後のマスターとなった。キャメロットでのお言葉を聞いて心底思いました。あなたこそ、我らが導くに値するマスターだと」
「……え、」
まさかポルクスにそう言ってもらえると思わず、ついポカンとしてしまう。ポルクスはもう一度笑ってから、今度は唯斗とカストロを交互に見た。
「…さて。マスターには誰かの温もりが必要です。マスターに寄り添い、その心をやらわげる温もりが。兄様、お願いできますね」
「待て、どうして俺なのだ」
「それでは私の方が適任でしょうか?」
「ならん!ポルクスの体に他の男が触れるなど…!」
「では兄様がマスターのお傍にお願いしますね。私は席を外します、その方が兄様もやりやすいでしょうから」
ポルクスは流れるようにカストロを言いくるめると、そそくさとその場を後にした。二人は確かに二人で一騎、あまり離れると霊基に支障が出るが、カルデアの中くらいなら問題ないらしい。
ポルクスの姿は見えなくなり、カストロと唯斗だけが廊下に残される。
「…どうしろというのだ」
「……俺にもさっぱり」
二人して訳も分からず廊下に突っ立っている形だ。しかしいつまでもそうしているわけにいかず、カストロはしぶしぶ、唯斗をすぐ近くの窓際に促した。
窓際は、ベンチではないが座れるような段差があり、そこに腰かけると、カストロも唯斗の左側に腰をおろした。
「ポルクス曰く、温もりとのことだったな。であれば」
そうして、カストロはおもむろに、唯斗の肩を抱き寄せて自身に凭れさせた。
カストロの鎖骨あたりに顔を埋めるようにして抱き込まれる姿勢になって、唯斗はさすがに驚いて体を固くする。
「なっ、カストロっ、」
「うるさいぞ人間。ポルクスの意図がこういうことであれば仕方あるまい。ポルクスの言葉ではなく、相手が貴様でなければ決してあり得なかったがな」
人間嫌いのカストロがここまでするとは思ってもみなかった。唯斗は申し訳なさが先行してリラックスなどできない。
「カストロ、いくらポルクスの指示だからって、無理しなくていい。嫌なものは嫌だろ、そこまでして俺のこと気にかけなくていいから、」
「…お前は、なぜそこまで善良で在れるのだ」
しかし、唯斗の言葉を遮ってカストロが静かに尋ねた。ポルクスがいないからか、カストロはとげとげしい空気を引っ込めている。守らなければならない、という相手がいないからだろう。
「善良って…サーヴァントたちの優しさもまとも受け取れない俺が?」
「それはお前が、自ら歩み寄ろうとした相手に拒絶され、信頼していた相手に裏切られ、距離を近づけることを本能的に恐れているからだろう。一方で、優しさを受け取れない自らを責めている」
「ッ、」
淡々としたカストロの指摘に、呼吸が止まる。無意識に、恐れていた。それは初めて指摘されたことで、二の句が継げなくなってしまった。
「…俺は、キャメロットでお前が、グランドオーダーに臨む理由を聞き、お前が人理を託されたことに納得した。しかしマスター、お前は人間だ。所詮は人間なのだ」
「…、」
カストロにとって、その恩讐の相手は人類そのものだ。その一人にすぎない唯斗もまた憎い相手ということか。
だが、続くカストロの言葉はそういったものではなかった。
「お前は憎き人類の一人で…我らが導くべき人間の一人だ。いいか、お前は、機械でも装置でもない。人類最後のマスターという機構でもない。ただの、人の子だろう」
「カストロ…、」
自分を機械だと思うようにしているのは、唯斗が勝手に始めたことだ。そう思った方が楽だった。そう在る方が、サーヴァントたちの厚意をすべて無視する上で都合が良かったのだ。
唯斗をただの人の子だと述べたカストロの言葉は優しく穏やかなもので、導きの神としてのものなのだろうとすぐに理解できた。
それこそ、最初に天草にも「それは違う」と言われたし、オルタにもやんわり否定された。しかし唯斗はそれらを受け取れなかった。人間として、事実不完全であったし、マスターという装置に過ぎないことを理解していなかったからランスロットたちに要らぬ心労をかけさせたのだ。