後悔先に立たず−4
「…すまねぇマスター、怪我させちまった」
「これは俺の不注意だ。というか、むしろこれで済んだのは、あんたが一匹目のゲイザーをきっちり動けなくしてくれてたからだ。助かった」
斎藤はため息をついて、唯斗の右隣に腰を下ろし、同じように岩にもたれた。
「ほんと、慣れてるね。痛くないわけないでしょ、それ。銃創と同じなんだから」
銃弾などが掠めることで、表皮が削り取られるような傷を銃創という。痛いかと聞かれれば、それはもう、激痛に決まっている。本来なら会話などしていられないほどだが、一時的に魔術回路によって左肩付近の痛覚を鈍らせているため、今この瞬間は大丈夫だ。
応急手当が終わったあと、魔術回路を正常に戻してから、本番の痛みがやってくる。
「痛いって言って痛くなくなるなら、いくらでも言うけど、そうじゃない。何より、士気を下げるしな。俺は現地で英霊を現界させる楔だ、その最重要の役割を果たせなかったら俺がいる意味ないだろ」
「…あのなぁマスターちゃん」
すると、斎藤は耐えかねた、とでも言うようにこちらに視線を寄こした。その目線は厳しく、少し怒るようなそれだった。
「俺はあんたを守るためにいる。人理を守るとか、世界を守るとか、そんな大層なことは幕末の人斬りサークルには荷が重いのよ。だから、俺はお前を守るためにこの刀を預けている。わかるな?」
いつもの温厚な口調ではなく、厳しい語気になっている。一人称も、おそらく素なのか、普段とは違う「俺」になっていた。
「…、悪い。あんたが何に怒っているのか、よく分からない。十分、守ってくれてるだろ。クラス不利相手に、たったこれだけの怪我で撤退できたんだし」
「たったこれだけ?お前は平和な日本にいたんだろう、戦時中ならまだしも、そんな傷には慣れてなかったはずだ。それとも、これまでの旅では、その程度の怪我も守ってやれなかったのか、ここの英霊たちは」
なんとなく、唯斗は斎藤が意図するところが分かってきた。
やはり近代日本の英霊だけある、平和な日本で生まれ育った唯斗が、こうして戦場と同じ場所で傷を負うことに、そしてそれに慣れているという事実に憤ってくれているのだろう。
それこそ、より良い日本をつくろうとした志をもって活動していた人物でもあるのだ、未来の日本の人間である唯斗が苦しい目にあうのは、自身の目指した未来に反するものかもしれない。
「…そうだな、これくらいの怪我すらしないレベルで守ってもらうには、これまでの旅は厳しすぎた。怪我しないように慎重に戦っていたら、特異点の修復が間に合わずに死んでたと思う。俺が死んで世界が終わるのと、このくらいの傷で生き延びて世界を取り戻すんだったら、普通、後者を選ぶだろ」
「じゃあお前の心はどうなる。お前が感じた痛み、恐怖、不安、そういったもんはどうするっていうんだ」
食い下がる斎藤に、少し痛いところを突かれたな、と内心思う。正直に答えればこの男をさらに心配させてしまうだろうが、噓をつくわけにもいかない。
「……つい最近までは、俺は自分をただの機械か装置だと思い込むことで、そういうメンタル面の負の影響を避けてたんだ」
そうして、第五特異点前はそれなりに英霊たちと良好な関係を築いていたこと、コミュニケーション能力のなさが一部の英霊を不快にさせてしまった上に天草に裏切られてしまったこと、それを受けて自分をただの装置を思うようにしたこと、最近それを改めて、また振り出しに戻ったことをかいつまんで話した。
天草のくだりで斎藤はとんでもない形相をしていたが、一通り聞いて、再びため息をついた。
「なぁるほどね。マスターちゃん、人間一年生なわけだ」
「まぁ、そうとも言える」
ようやく、斎藤は合点がいった、というように息をついた。そしておもむろに、そっと唯斗を抱き寄せる。怪我をしていない右側から斎藤に凭れる形になり、低い体温に触れた。