後悔先に立たず−5
「え、いきなりどうした」
「それ、治癒が終わったら痛みぶり返すやつでしょ。いいよ、気はまぎれないかもだけど、正直に痛いなら痛いって言いな。ちょうど通信は途絶えてて、ここにはヘラヘラ新選組の一ちゃんしかいないんだし」
「それ、何か意味あるのか?」
「あるある、超ある。あのな、心まで守って初めて、『守る』って言えるんだよ。怪我さえしなきゃいい、なんて話じゃないの。そういう痛みや苦しみを我慢して溜め込むばかりじゃ、見て見ぬふりして解放しないんじゃ、いずれ心がダメになる。そうなったらもう、戦場には立てねぇのさ」
戊辰戦争、西南戦争それぞれを経験している人間だ、その言葉は含蓄に富んでいる。彼がそう言うなら、ものは試しではないが、素直に体重を預けてみることにした。
ちょうど、治癒もある程度終わっている。そろそろ鈍らせている痛覚を正常に戻さないと、存在証明に支障をきたす。
もう少し深く右側に凭れた唯斗は、そっと術式の展開を終え、痛感を戻した。
「っ、ぐ…ッ、」
「…痛いだろ」
「…い、たい…っく、痛い…っ、!」
「っ、」
ぐっと斎藤に強く抱きしめられ、つい、唯斗も縋るように右手をコートの内側の背中に回す。ぶり返して押し寄せる痛みから逃れるように斎藤の胸元に顔を埋めると、なんとなく、痛みからわずかに逃げられている気がした。
今までは、寝るときなどを見計らって痛覚遮断を止めていたため、ほかの英霊たちにも吐露したことがなかった。いや、彼らは気づいてくれていたのかもしれないが、隠そうとしている唯斗の意思を尊重してくれた。
斎藤とは別の優しさだし、唯斗も救われていた。
しかし斎藤が言った通り、こうやって口に出して縋ることも必要なものだった。
革の手袋越しに、頭を撫でる斎藤の手の温度をわずかに感じる。
「は、じめさん、痛い、めちゃくちゃ痛い…」
「こら、拳を握らない。掴むなら僕の背中にしなさい。引っ搔いても傷つけてもいいから」
手のひらに血が滲みそうになるほど握りしめていたのを見つかり、唯斗は両腕で斎藤に抱き着く形にさせられた。言われるがまま、強く斎藤の広い背中に爪を立てて抱き着く。サーヴァントということもあって、痛くも痒くもない様子だ。いや、きっと痛みがあったとしても、この男はおくびにも出さずに唯斗を受け入れてくれていただろう。
ふと、斎藤は頭上で小さく笑った。何かと思って、顔を埋めていた肩口から視線を上げると、斎藤は微笑んで唯斗の頭を撫でる。
「名前、呼んでくれたなって。呼びづらそうっていうか、僕のこと呼ばなかったでしょ?」
「…、なんで、呼べばいいのか…わからなくて」
なんとなく、斎藤、と呼び捨てるのは躊躇われた。そこは日本人的な感覚になってしまうためで、外国名なら呼び捨てにできるのだが、敬称文化である日本式の名前では呼び捨てにできない。それも、相手が新選組の斎藤一ともなれば尚更だ。
一方で、斎藤さんと呼ぶにはあまりに他人行儀で、他の英霊をファーストネームで呼び捨てにすることも多い中では異質に感じてしまう。
そんなこんなで微妙に呼びづらい状況が続いていたが、確かに、先ほどつい間を取るように「一さん」と呼んでしまった気がする。
「西洋英霊が多いから、下の名前じゃないと落ち着かないのもわかるし、かといって日本人だから呼び捨てにもしづらい。そんな感じかな、とは思ってたから、まぁいい落としどころじゃない?」
「…不愉快じゃないか、おれ、人間一年生、だから…っ、いって…うっ、だから、嫌だったら、言ってくれ」
「まさか。マスターちゃんっぽくて可愛いな〜って思ってたから、むしろそう呼んでよ」
「か、わいい、わけ、ねぇだろ…!」
「え〜?」
ニヤニヤとする斎藤にそう言ううちに、なんとなく痛みが紛れてきた気がした。飄々とした様子からは確信できないが、おそらく、意図的に気を逸らすためにこういう話題を出したのだろう。
そんな優しさが嬉しくて、唯斗は再び、斎藤のコートの襟の内側、首筋あたりに顔を埋めた。