後悔先に立たず−7


過去3つの異聞帯よりはるかに厳しい戦いとなったインド異聞帯の攻略を終えてカルデアに帰ってきたころ、唯斗はいつもレイシフト時に身につけている極地礼装のポーチに入れるものを悩んでいた。
いや、入れるもの自体は決まっているのだが、その扱い方で困っていたのである。

それは活性アンプル、魔術回路や筋肉など一時的に体を活性化させる薬剤の入ったアンプルであり、ペン型自己注射器を自分で太ももに刺すことで投与する。
持ちやすいペン構造はダ・ヴィンチが考案したもので、どんなに力が入らないときでも自分で自分の足に押し当てることができる優れものだ。

ロシア以降、唯斗は活性剤の摂取を頻繫に行うようになっていて、そうでもしないと戦闘はおろか歩くことすら難しい場面もあった。
特にインドでは激しく、2週間ちょっとの滞在期間のうち、1日3回も打つときがあった。

右足、左足ともに太ももに注射痕がずっと残るようになってしまったが、それは大した問題ではなかった。

一番の問題は、精神的な拒否反応が出ていることだ。

この活性アンプルはあくまで非常時に無理やり体を動かすことを想定している。しかし、その非常時が恒常的に続く事態が異聞帯では発生しており、連日繰り返し投与したことで、どんどん反動が大きくなっていたのである。
反動は2種類、副作用と効果切れがあり、今は特に副作用が激しい。

注射直後、強制的に励起させられた魔術回路が痛みと熱を持ち、筋肉に急に血が巡ることで心臓が苦しくなるだけでなく全身が一時的に極度の筋肉痛になる。
さらに自律神経がひどく乱れ、頭痛と吐き気、めまいが発生するのである。

たいてい数分で収まるため、副作用を乗り切ればむしろ快調になる。

しかし効果が切れると、一気に気怠さや頭痛、吐き気、筋肉痛、魔術回路の痛みが押し寄せてくるのだ。それは摂取直後の副作用に比べれば極めて軽いものだが、普通の体調不良に匹敵する程度ではある。

そうした苦しみを知っているからこそ、本能的に忌避を覚えるようになり、注射を躊躇してしまうのだ。だが、その一瞬の葛藤すら命取りである。


「……くそ、見るだけで手が震えるとか…」


唯斗はデスクに並べたアンプルと自己注射器を見て、それだけで手が震えることに自嘲した。なんとも情けない話だ。

とはいえ、どうにかしないといけないことに変わりはない。ならば、ここは同行サーヴァントにやってもらうしかないだろう。
きっと、怯える唯斗に注射を強引に打つというのはサーヴァントにとってもストレスなことだ。優しい人たちには頼めない。
ならば、そんなある種「汚れ仕事」のようなものを頼める相手に事前に話を通しておく必要がある。

そこで、まず唯斗は天草のところにやってきた。あまり個人的な会話というものを、例の一件以来ほとんどしてこなかったものの、依然としてレイシフトではよく一緒になる相手だ。
天草の部屋を訪れると、少し驚いたようにしながら、扉を開けて天草が出迎えてくれた。


「…これはマスター。珍しいですね、お急ぎのご用事ですか?」

「急ぎじゃないけど頼みがあって」

「とりあえず中へどうぞ」


天草に促され室内に入る。新しいカルデアベースであることを差し引いても、やはり物が少ない部屋だ。


「それで、どうなさったんですか?頼み、とは」

「あぁ。これなんだけど」


唯斗は注射器とアンプルのセットをポーチから取り出して天草に見せる。天草はアンプルに張られたラベルを見て顔をしかめた。


「これは…強制的に体を活性化するものですね」

「あぁ。今後、俺が天草の前でこれを打つのをためらってたらさ、俺の代わりに俺に打ってほしいんだ」


事細かに説明したわけではなかったが、天草は正確に意味するところを理解したのだろう、目を見開いた。


「な…、つまり、嫌がるあなたに無理やり注射する、ということですか」

「そうだ。できるだろ、お前なら。なるべく俺も、嫌そうな態度は隠すから」

「…罰、か何かでしょうか」


天草は静かに問いかける。特にそんな深い意図がなかった唯斗は戸惑った。


「いや、別にそういうんじゃない。単に、お前なら必要なことはきちんとこなせる相手だと思っただけだ。ほかのサーヴァントより動揺もしないだろうし、こんなこと頼める相手って数少ないし」

「私とてあなたを大切に思っています、わざわざあなたが苦しむと分かっているものを無理やり打つなど…」

「そんな相手に刃向けたんだから大丈夫だって。あんま気にしなくていい」


唯斗としては軽くなんでもないこととして言ったのだが、天草は一瞬だけ表情を僅かに歪めたあと、ごまかすように小さく微笑んだ。


「……承知しました。容赦なく打ちますからね」

「…、あぁ、頼んだ」


天草が特になんの感慨もなく了承してくれると思っていた唯斗には、少し意外な反応ではあったが、とりあえず応じてくれたため、良しとする。
天草も優しい人物ではあるが、それでもやるべきことを果たすという点については妥協しない強さを持っている。申し訳なさはあるが、こればかりは我慢して受けて入れてほしかった。



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