後悔先に立たず−8
ノウム・カルデアにおいても、特異点の探索が行われるようになったのは、インド異聞帯の直前あたりからだった。
リソース回収程度の小規模な特異点についてはグランドオーダー中と変わらなかったものの、異聞帯によって派生した特異点は敵生体も強く、苦戦する場面もあった。そもそも環境が厳しいということもある。
今回も、ロシア異聞帯から派生した特異点として現在のノヴゴロド周辺にレイシフトした唯斗とサーヴァントたちだったが、無数のオプリチニキとクリチャーチに囲まれ、かろうじて突破して撤退する羽目になっていた。
「チッ、まだ追いかけてくるのかよ…!」
唯斗は背後からまだ追ってくるクリチャーチに舌打ちをする。極地礼装でも肌寒さを感じる極寒の地、足元も悪く、走る足取りは重い。
同行サーヴァントは天草、オルタ、斎藤といつも通りの3騎だったが、全員ボロボロだった。そろそろオルタが一人でなんとかすると言い出すだろう。
「…仕方ない、天草、令呪で魔力送るから宝具展開、背後の敵を一掃して距離を取る。オルタは霊体化、一さんは俺のこと悪いけど運んでくれ。天草は掃討後すぐに霊体化して合流」
「了解しました」
唯斗は天草に令呪で魔力を送り、すぐに宝具が展開できるようにする。一方、オルタは指示通り霊体化し、斎藤は唯斗を抱きかかえる。
「しっかり掴まってなよ、マスターちゃん」
斎藤はそう言って、俊敏に雪道をものともせず走り出した。あまりのスピードに、さすがに外気の冷たさが刺すように感じられて、斎藤の首元に顔を埋める。
最初にこの地を歩いていたときにはなかった温もりだ。
すぐに背後からは天草の宝具による大爆発が轟いてきて、振動によって辺りの木々に付着した雪も舞う。だんだんと吹雪そのものも強くなってきて、風が出てきていた。
そこにオルタが霊体化を解いて現れる。
「この先に風を凌げる洞窟がある。気配を断つルーンを組んでやるからいったんそこで態勢立て直すぞ」
「風雪強まりそうか?」
「一時的にな。だが、あたり一帯敵の数が多い。休んだら連戦になる」
「……分かった。いったん洞窟に案内してくれ」
頷いたオルタは森の中に入っていく。斎藤も唯斗を抱えたまま続き、葉のついていない枯れ木の合間を縫って進んでいった。天草もパスを辿ってすぐに追いつくだろう。
そうして辿り着いた小さな洞窟に入ると、天草も追いついて合流し、入り口にオルタがルーンを刻んだ。これで雪からも敵からも隠れられる。
斎藤に下ろしてもらってから、手ごろな岩に腰を下ろすと、どっと疲労が押し寄せる。令呪を切ったことによる魔力の急な消費と、極寒での活動時間が長いうえに英霊3騎を現界させていることで礼装への魔力供給も行われており、かなり魔力が消耗している。
オルタが事前に警告するほどだ、かなりの数の敵生体と会敵することになりそうだ。
ここは、使うしかないか、と腹を括る。
唯斗はポーチから活性アンプルを取り出すと、キャップを外して握りこむ。あとは、ペン型のこの注射器を右の太ももに刺すだけだ。
「…マスターちゃん?どうかした?」
すぐに斎藤が気づいて声をかける。3人とも立ったまま、外の様子やこちらを窺っていたが、斎藤の声でほかの2騎もこちらに視線をやる。
「…いや、その、大丈夫だ」
そう口では言いつつも、注射器を握る手は震えている。深呼吸してもう一度打とうとしたが、手が動かない。
ぎゅっと目を瞑ってから、これはダメだと、唯斗は近くに立つ天草を見上げた。
「…悪い、天草。頼む」
「……はい」