後悔先に立たず−9
天草は唯斗から注射器を受け取る。ダ・ヴィンチのすごいところは、自己注射器として自分で持ちやすいようになっているだけでなく、他人が注射することもできるような形状をしていることだった。
たとえ唯斗の意識がなくとも注射可能だ。
天草は注射器をもって唯斗の右側にしゃがみ、唯斗が岩から投げ出した右足に注射器を添える。
自分でやらないぶんマシだと思っていた唯斗だったが、注射器があてがわれたのを見て、つい視線を逸らした。
呼吸が乱れる。これを注射したあとやってくるものは、まず魔術回路の痛み、続いて下半身の筋肉の痛みと、血管のポンプ役である心臓とふくらはぎ付近の激痛、そして腕や足など主要な筋肉の痛み、続いて吐き気、めまい、頭痛、動悸。
これまで経験してきたそれらが追想されてしまい、どんどん呼吸が荒くなる。
「はッ、は…っ、」
「…、マスター…」
天草は心配そうに唯斗を見上げる。気にせずやってくれ、と言いたかったが、ヒュッと息を吸い込む音しか出なかった。
「…マスター、やはり活性アンプルの使用は控えた方が……」
『やはりアンプルの使用をためらっていたんだね』
すると、見かねて通信からダ・ヴィンチの声が聞こえてきた。なんとなく会話で察してはいたようだ。
『すまない、クー・フーリン・オルタの言う通り、これから連戦しなければ森を突破できない。今の消耗で連戦は危険だ。戦闘中に注射が必要な事態になればそれこそ命に関わる。今のうちに摂取してもらった方がいい』
「待て待て、いったいなんだそれは?活性アンプル?」
斎藤は初めて見たのか、唯斗の様子もあって眉間にしわを寄せていた。
しかし、答える余裕はなく、ダ・ヴィンチが答える前に、オルタが動いた。
「見た方が早い。おい貸せ天草、俺がやる」
なおもためらう天草から注射器を奪い取ったオルタは、ほとんど間を置かず、事前の通告などもなく、すぐに唯斗の足に注射器を押し当てた。
確かに覚悟を決めろと時間を取られるより、一息にやってもらった方がいいのは確かだが、鋭い痛みの直後、上半身に集中する魔術回路が激しく痛んだ。
「ぐ…ッ、あ、あああっ、!!」
唯斗は胸元を抑え、直接握りしめられているかのように痛む心臓から痛みを除こうと本能で体を丸める。筋肉が痛みを発して体が強張り、割れるような頭痛とこみ上げる吐き気に眩暈がする。
「マスター!」
天草は慌てて唯斗を抱きかかえるようにして支え、斎藤も咄嗟に唯斗の傍に膝をついて近くで様子を確認しようとする。
「マスターちゃん!?ちょ、これどうなってやがる!?」
「落ち着けお前ら。じきに収まる、ただの副作用だ」
「ただのって、これ呪いか何かだろ。くそ、こんなん使ってまで戦わせんのか…!」
斎藤はオルタの言葉に視線を険しくする。一方、唯斗は膝立ちで唯斗を支える天草の赤い外套を握りしめて、痛みから逃れようと歯を食いしばった。
そんな唯斗に、天草は表情を歪める。
「…マスター……」
その細い声がらしくなくて、天草が本気で心を痛めているのだと理解した。同時に、唯斗はとてもひどいことを天草に頼んでしまったと反省する。
まだ痛みも吐き気も、頭蓋骨を割るような頭痛も心臓の苦しみも続いているが、なんとか、唯斗は目を開けて、天草の頬に右手を寄せる。握りしめた際に少し肌を破ってしまっていたのか、唯斗の血が指先から天草の肌に少しだけ付着してしまう。
「……ごめんな、天草…ひどいこと、頼んだな…」
「…俺も、俺ならできると思ってました……」
天草は唯斗の手をそっと掴む。一人称が普段と違うのは、より感情に素直になっているからか。