brise de printemps−2
フランスも、人理も、どうでもいい。
そんな唯斗の考えは、マリー・アントワネットやジャンヌと過ごす中で、そしてジークフリートやゲオルギウスなどの英雄が戦ってくれている中で、少しずつ、変わっていた。
マリーやジャンヌが愛したフランスが、ジークフリートやゲオルギウスが守った世界が、今まで唯斗が見ていたものと違っているような気がしたからだ。
案外、そこまで悪いものではないのかもしれないと漠然と思うようになったのだ。
とはいえ、目の前の戦況は厳しいことばかり。オルレアンに急襲を仕掛けたが、相次ぐ戦闘で唯斗も藤丸も息を切らしている。
そうして突入したオルレアン城の大広間で、ついにジャンヌ・ダルク・オルタと邂逅。フランスを滅ぼそうとする竜の魔女との戦闘が勃発した。
「先輩っ!」
「マシュは戦闘に集中してろ!」
藤丸に向かったシャドウサーヴァントの矢は、唯斗が結界で防ぐ。動きが乱れたマシュに怒鳴りつつ、唯斗は藤丸を振り返る。
「前に出すぎだ!」
「ご、ごめん!」
「くそ、それにしてもシャドウサーヴァントの数が多いな」
藤丸による一時召還で、キャスター・クー・フーリンやディルムッドなどによる敵の掃討と、ジャンヌ同士の戦いが指揮されている。シャドウサーヴァントがいなければ、あるいはもう少し数が少なければ、戦力をジャンヌ・オルタに集中できる。
「…チッ、マシュ、やっぱり藤丸頼む!」
「え、は、はい!」
「ドクター、俺はあの召喚術式を書き直して召喚を試みる。できなくてもシャドウサーヴァントは止まるはずだ」
『な、なんだって!?君、そんなことまでできるのかい!?』
「そんなことくらいしかできない、だろ。藤丸の指示出しへのフォロー頼む」
ロマニの素っ頓狂な声が通信から聞こえてきたが、唯斗はすげなく返し、広間中央の床に刻まれた術式に向かう。
次々と断続的にシャドウサーヴァントが召喚されるのを止めて、あわよくば追加戦力を唯斗が召喚する。マシュが盾によって藤丸を守りつつ、藤丸は唯斗に近づく敵性体をキャスターたちによって倒させるのだ。
術式まで駆け寄った唯斗は、まずシャドウサーヴァントを召喚する部分を書き換える。魔力の込められたそれを書き換えていき、正常な英霊召喚の術式とするのだ。
案の定、今回の術式は血液を中心に水銀などを混ぜて構築されている。
唯斗はサバイバルナイフで腕を切りつけた。
「っ、」
鋭い痛みに息を飲むが、ダラダラと流れる血を使って、急いで術式を変更する。貧血で倒れるなどあってはならない状況だ。
術式を書き換えたことで、シャドウサーヴァントの出現は止まる。すでに広間にいる個体をどんどんキャスターとディルムッドが倒していくが、ジャンヌの方は押されている。
続いて、唯斗は狂化を付与する術式を変更し、これも正常な式に修正する。少しくらりとしたが、なんとか、まずいことになる前に式の変更を終えた。
止血術式で傷を治すのもそこそこに、唯斗は術式に手をかざして詠唱を開始した。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師グロスヴァレ」
唯斗の血液が混ざった術式は青白く輝き始める。ジャンヌ・オルタはこちらを睨みつけ、止めようと大理石の床を蹴ったが、ジャンヌがそれを旗で弾き飛ばす重い音が響く。
「…告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に」
ディルムッドが消失する。まだ英霊の霊基を解放しきれていないため、最大限の力を出せないのだ。これはカルデア式の召喚の弱点でもある。通常の聖杯戦争であれば英霊は最大限の出力を保てるが、カルデアのシステム・フェイトによる召喚では、特殊な術式によって再臨というものを行って霊基を拡張する必要がある。
ジャンヌ・オルタがジャンヌを押し返し、代わりにキャスターの牽制の火炎攻撃が向かう。
「……汝三大の言霊を纏う七天」
唯斗が英霊召喚を行えば、人理修復後の世界において、唯斗の立場はより悪くなる。良くて幽閉、恐らく暗殺。そんなところが妥当な結末となってしまう。
それでも、命を賭して民を守ったマリーの姿に、呪いを受けながら剣を取ったジークフリートの姿に、そしてなんであれフランスを守ろうとするジャンヌの意思に、応えたいと、なぜか思ってしまったのだ。
自分にそんなものがあったのかと、不思議に思ってしまうほどだ。
戦っても、この痛みを乗り越えても、その先に唯斗が救われる未来などない。
それでも唯斗は、戦う意思を示したかった。
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
触媒もない、聖杯もない。いや、術式はこの特異点の聖杯と接続されているが、聖杯戦争ではない。それでも応じる英霊などいるのか。いたとして、誰なのか。
術式から噴き出した大量の霧と魔力の気配、その収束。誰かが現れたことはすぐに分かった。
「…本来の縁より少し早いタイミングだが、今が一番、俺を必要としている。そうだろう?マスター」
「…、」
ごつ、という金属の踵の音を響かせて霧から現れたのは、唯斗よりいくらか背が高い、少年然りとしたサーヴァント。跳ねた黒髪に白髪が混ざる特徴的な髪に、紺碧の瞳が微笑んだ。
「我が名はシャルルマーニュ!ちょっとばかし特殊な霊基だが、この剣、ジュワユーズをあんたに預けるぜ!」
「な…っ、」
『なんだってーーー!!??』
通信機から騒々しくロマニの声がするのも無理はない。シャルルマーニュ、またはカール大帝。欧州の父と呼ばれ、フランク王国に始まる欧州中世の歴史と文明を築き上げた大英霊である。
真贋は分からないが、ルーヴル美術館にもジュワユーズが展示されている。このフランスという地で召喚できるサーヴァントのうち、最も強力な人物だろう。
「本当はカール大帝とはちょっと違うっつーか…ま、詳しいことは後で後で!今は…先にやるべきことがあるだろ?」
そう言って笑った端正な顔立ちはこの戦場に似付かわしくなかったが、どこか、春の風を感じるようだった。