brise de printemps−3
本来、特異点で召喚されたサーヴァントは、特異点修復が完了すると退去する。特異点に対して免疫のように人理が呼び出したものであり、原動力は特異点を形成している莫大な魔力リソースである聖杯だからだ。
事実、ジークフリートなど特異点の英霊たちは退去し、カルデアでの帰還は唯斗と藤丸、マシュの3名となるはずだった。
「なのに、一緒に帰還してきたのかい?あのシャルルマーニュとはいえ規格外すぎるだろう…」
ロマニは唯斗と共にカルデアにやってきた英霊、シャルルマーニュにげんなりとする。常識を超えすぎて頭が理解を拒否しているのだろう。
ダ・ヴィンチはけらけらと笑う。
「今更だろうロマニ。この事態そのものが突拍子もないんだから」
「そうだけどさぁ」
「まぁまぁいいじゃねーか、えーと、ドクター、だっけ?戦力としては申し分ないと思うんだけど、俺。あぁそうそう、俺は正直『大帝』とは少し違う存在だ。だから、シャルル、だけでいいぜ。マスターも」
コフィンから出て軽くバイタルを確認した唯斗に、シャルルはそう笑って言った。まずはそのあたりの話からだ。確かに戦力として圧倒的なのは、オルレアンでの戦いで十分に理解している。
ただ、得体の知れない英霊を二つ返事で受け入れるわけにもいかなかった。
唯斗は藤丸たちも問題なさそうであることを確かめてから口を開く。
「オルレアンでもそう言ってたな。こうしてカルデアにやってこれたのは、聖杯が召喚したカウンターではなく俺が召喚した英霊で、その魔力源である聖杯もここにあるから、ってのは理解してる。それより、シャルルの英霊としての成り立ちを含めて出自をある程度明かしてもらいたい。こちらとしても、迂闊にカルデア内部に正体の分からない英霊を迎えることはできないしな」
「唯斗君がそこまで考えてくれるなんて…」
なぜかロマニは感心したように言ってきた。まずはこの男がそう切り出すべきだっただろう。唯斗は咳払いをしてから、数センチ高い位置にあるシャルルの瞳を見上げる。
「…フランスに生きた人間として、信じたいって思ってる。でも俺にも一応、責任があるからな。少し付き合ってくれ」
「おう!もちろん!」
相変わらずの爽やかな陽キャスマイルだ。藤丸の方が相性はいいだろうが、唯斗が召喚してしまった以上、この快活な男と付き合っていかなければならない。
そして二人は場所を移し、ダ・ヴィンチの工房に入った。ダ・ヴィンチ自身は管制室で特異点修復後の時空の揺らぎを観測しつつ、唯斗とシャルルの会話も傍聴する。
ロマニは藤丸とマシュのメディカルチェックのために医務室へ向かった。
二人きりになった雑多な工房の中、同じくごちゃごちゃとしたテーブルで向かい合って座る。コーヒースタンドくらいはあったため、紙コップに適当にコーヒーを淹れて、カップホルダーに入れて渡した。
「お、これコーヒーってやつだよな。ここは2015年だろ?そんな味変わらないもんだな」
「それは過去と比べて?未来と比べて?」
「この世界にとっては未来だな」
それにしてもシャルルは、オルレアンもそうだが、変に情報を小出しにしてくるため唯斗は少し頭痛がしてきた。確認するべき事項が一つ話すたびに増えていく。
まとめて整理した方が良さそうであるため、単刀直入に聞いていくことにした。
「はぁ…それで。シャルルはカール大帝ではない、っつったな。それはどういう意味だ?大帝になる前の自分とか、フランスで語られるシャルルマーニュ伝説としての自分とか、そういうことか?」
「おお、すげーなマスター。うん、2つ目のが正解だぜ。俺はカール大帝に付随して後世に編纂されたフィクション、ファンタジーの世界における冒険者シャルルマーニュ、って感じだな」
「…、」
それは、と唯斗は内心で不安になる。在り方としては、フィクション小説の有名な登場人物、第一特異点で言えばカーミラのような英霊に近いのだろうか。強度が低いと幻霊と呼ばれることもあるが、これは史実の存在ではないものの、地球において極めて有名となり人類史に記録された場合に英霊として成立するものを指す。
なんであれ自我を構成する記憶や経験は存在しているのに、それは実在していない。本来それは知覚され得ることではないが、サーヴァントとして召喚されてしまえば、自分を構成するすべてが「嘘」だったと知ることになる。
それはとても残酷なことなのではないか。唯斗はそう思い至ったが、あっけらかんとしているシャルルの様子に、まずは横に置いておく。
「…とりあえず理解した。境界記録帯において、カール大帝は史実のフランク王としての記録とは別に、シャルルマーニュ伝説の主人公という側面も独立して記録されていた、ってことだな」
「うーん、それが実は逆だったんだ」
「……逆?」
「一つになってたんだよ。史実と伝説が。だから本来、『カール大帝』・『シャルルマーニュ』という英霊は、史実の厳格な王と伝説の冒険者が合わさった複雑な人格で召喚されるはずだった」
シャルルの口ぶりでは、英霊の座、正式には境界記録帯において、カール大帝とシャルルマーニュは一つの存在として成立していた。それが今、シャルルという冒険者としての人格だけが抽出されて存在している。
つまり、境界記録帯において情報が分離したきっかけがあったということだ。