brise de printemps−4
「つまり、史実のカール大帝と、伝説のシャルルマーニュとが、別個の存在として境界記録帯に認識されたきっかけがあったんだな。もしかしてそれが別の世界における未来の出来事ってことか」
「うわ、マスターってマジで頭いいんだなぁ!こんだけしか話してねーのにそこまで思い至るとか、カッコ良いぜ!」
「……そりゃどうも。まぁ、これくらいできる魔術師は他にもたくさんいるけどな」
目をキラキラとさせて褒めてくれるシャルルだが、そうやって手放しで褒められたことなどないため、唯斗は素直に受け取ることができない。
これ以上聞きたくなくて、そのまま話を先に進めることにした。
「でも、境界記録帯が自発的に情報を分離することはあり得ない。外部から、情報の更新があったはずだ。とても信じられないけど…それはどんな出来事だったんだ?」
「確か、月の聖杯戦争、ってやつだな。月は実はムーンセルっていう古代のオーパーツでできていて、地球のすべての情報を記録し続ける超高性能コンピューターだったらしいんだ。そこで行われる聖杯戦争は、そのムーンセルの支配権を賭けたもの。ただ、一連の戦いが終わって落ち着いたところで俺は召喚された。理由は、カール大帝が境界記録帯…正確には、そこにアクセスできるムーンセルのデータベースを乗っ取って、史実の自分だけに情報を書き換えようとしてたから。それはいろいろと問題があるっつーんで、俺が召喚され、結果的に、カール大帝は俺という情報を受け入れたんだ」
長々とシャルルが語ったことは、唯斗にしてみればフィクションもいいところだったが、ただのSF作家が構成できることでもない。魔術のことを知らなければ、こんな設定にはならないからだ。
ムーンセルとやらが実在するとして、それ以降の話の辻褄は合っている。もし仮に地球の情報を外側で記録し続ける月という存在があるのなら、確かに、ムーンセルの情報を通して地球という生命が持つ情報である境界記録帯を改ざんすることもできる。仮に、地球側の人類史が弱っていれば、強度が下がって月からの情報の逆輸入のようなこともあり得るだろう。
「…正直にわかには信じがたいけど、なんであれそこ自体は俺には関係ない話だ。少なくともシャルルは自分で自分の成り立ちを理解している。ならそこに、魔術王の陰謀は介在してないと判断できる」
「あぁ、そういう意味でならマスターの言う通りだと思うぜ。俺という英霊に、人類史を焼却しやがったヤツの存在は関係がない」
今はそれだけ分かればいい。いまだ正体不明の魔術王とやらの差し金ではないのなら、純粋に人類史の味方として頼ることができる。
「ちなみに、なんでカール大帝じゃなくてシャルルの方が召喚されたんだ?触媒もなかったし」
「今回の召喚は触媒がない分、人理焼却という状況と地縁がポイントになったんじゃねーかな。大帝は全フランクの王だけど、俺はフランスの伝説の色が強いだろ?マスターもフランスの血あるし」
「確かに、よりフランスっていう性質が強い方が召喚は楽だな」
「何より、この状況では、大帝より俺のが適切だったらしい。大帝が俺に行けって言ったんだ」
座という場で会話が可能なのか定かでないが、意思疎通の上ではあるようだ。
フランスという繋がりの他に、大帝はシャルルの方が適切だと判断した。
「なんでそう考えたんだろうな」
「詳しいことは俺も聞いてねーけど、多分…あいつは世界を救う男だ。西欧の父として、築き上げた世界を守る意思がある。逆に俺は、その大帝の救う世界から零れた人を救うのが仕事なんだよ」
「零れた人…」
「そっ。カルデアが、藤丸とマスターが世界を救い、藤丸はマシュと共にいるのなら。俺はあんたを救うぜ」
笑って言ったシャルルに、唯斗は呆気に取られる。サーヴァントはマスターを守るものだが、それは聖杯という共通の目的のため。
カルデアの他の英霊たちも、世界を救うという目的に協力するために召喚に応じてくれた。
しかしシャルルは、それだけでなく、唯斗自身のことも救うと言ってくれている。
「……初めて言われた、そんなこと」
「そうなのか?」
誰からも否定され疎まれてきた唯斗が、およそ聞くことのないはずの言葉だ。
ただ、すでに唯斗の未来は暗い。こうして、立場が不利になると理解していながら、英霊と契約したのだから。唯斗が救われることなどあり得ないが、その言葉だけで十分、救われたような気がした。
とはいえ、そんなことを話せば拗れそうだったため、とりあえず唯斗はこの話をこれで終えつつ、気になっていたことを聞くことにした。
「…まぁ、それはいい。それにしても、その月の聖杯戦争を勝ち抜いてムーンセルとやらを管理していた人は、とても良いヤツだったんだな。マスターだった?」
「え、あぁ…でも、なんで良いヤツだって思ったんだ?」
キョトンとするシャルルは、やはり先ほど唯斗が感じたことにすでに答えを出したのだと分かる。自分の成り立ちだけでなく、存在意義も納得しているのだ。
「そのマスターのもとで、カール大帝と戦った。それは『史実の自分』と向き合うことに他ならない。自分を構成するすべてがフィクションだったという事実を直視する、ってことでもある」
「っ、」
「…それを乗り越えて、カール大帝という存在と折り合いをつけた。そういう戦いができたのは、そのマスターが理想的な人物だったからだろ」
自分の定義そのものが薄れるような恐怖。それを乗り越えてカール大帝という存在を受け入れ、相手にも自分を受け入れさせた。だからこそ、シャルルはもう、それを気にしていないのだ。その上で唯斗の召喚に応じてくれたのである。
「ちょっと心配したんだ、その成り立ちは苦しくないかって。大丈夫そうなら良かった」
「…、マスター…」
「ま、その次のマスターが俺ってのは、ちょっと申し訳ないけど」
驚いたようにしていたシャルルは、唯斗の言葉にぐっと唇を噛み締めてから、勢いよく立ち上がる。
そして、テーブル越しに唯斗の手を掴んだ。
「いいや!此度のマスターも、最ッ高のマスターだぜ!俺はとことんツイてる!」
ニカッと笑った顔は太陽のようで、本心でそう言ってくれているのだと分かった。思わず「今はそう思えるだけかもだぞ」と言いそうになったが、さすがにそれは無粋な気がして、なんとか踏みとどまる。
代わりに何も言えなくなってしまったが、かろうじて、「…どうも」とだけ返したのだった。