brise de printemps−8


その後も、藤丸とは何度か衝突することはあったものの、それは藤丸の意志の強さと唯斗の現実主義的な考えとがぶつかったものであり、喧嘩ではなかった。
不思議な距離感ではあるが、次第に唯斗も藤丸も、互いに信頼は積み重なっている状態なのだろう。もちろん、プライベートなことを含め、個人的な会話はいまだにほとんどないが。

シャルルともそうで、藤丸よりは取り留めもないことを話す機会はあるものの、個人的な会話は避けている。魔術師の家系に家のことを聞かない、というのはシャルルも弁えているらしい。

そうして第三特異点の攻略も終えると、帰還した二日後、過去2回と同様に記録の確認を兼ねた反省会ミーティングのようなものが行われる。
今後の訓練の方針や召喚する英霊を決めるためのもので、藤丸と唯斗、それぞれの課題を見つけることを目的としている。

ミーティングはロマニとダ・ヴィンチの他、レイシフトした藤丸とマシュ、唯斗、シャルルの6人が対象だ。
いつも通り、会議室に集まって楕円のテーブルで各々の定位置に座る。

唯斗の右にはロマニ、左にはシャルルだ。向かいに藤丸とマシュがいる。

しばらくは、海上での戦いがメインとなったことでフィールドに関する情報の整理と反省が行われたが、やがて、エウリュアレを藤丸が背負ってヘラクレスを誘導したあたりの振り返りで藤丸が切り出した。


「…あのさ、唯斗。なんで、あんなに反対したの?」


唯斗は藤丸がエウリュアレを背負って囮になるという作戦に強く反対した。しかし藤丸は、唯斗の方がヘラクレスの足止めをする戦闘指揮に相応しく、ただ走るだけなら自分がやると言って聞かず、結局唯斗が折れたのだ。
あの場では、ダビデなど他の英霊たちは賛成していたし、シャルルも応じていたが、唯斗だけが最後まで反対した。

尋ねてきた藤丸はそれを気にしていたというよりは、単に疑問だったらしい。あそこまで唯斗が態度を固くしたことがなかったからだろう。

唯斗は、走り抜けた際に細かい傷を顔にたくさんつけた藤丸の顔を見遣る。キョトンとしているが、こっそりカルデアの暗い窓に映った自身の顔を見てため息をついていたことを知っている。


「…生きてりゃいいってもんじゃない。余計な怪我するリスクも極力避けるべきだ」

「でも、怪我もなく特異点攻略、なんてできなくない?」

「藤丸くんの言う通りだ、唯斗君。さすがに怪我までせず、というのは難しい」


ロマニも藤丸に同意するが、それは唯斗も理解している。


「もちろん分かってる。だから、怪我するなら俺の方がマシだっていう意味で、俺はあのとき反対したんだ。負傷するのも、最悪死ぬのも、俺の方がいいだろ」

「え…ちょ、何言ってるの唯斗!?そんなわけないじゃん!」

「そ、そうですよ唯斗さん!もちろん、お二人とも怪我して欲しくないですが、それでもどちらの方が、などということはありません!」


藤丸とマシュは即座に否定する。一方、ロマニとダ・ヴィンチは唯斗の意図をある程度理解しているだろう。この二人は唯斗の事情を知っている。
シャルルは唯斗の言葉の続きを待っていたが、表情は険しい。

この際だ、唯斗は話してしまうことにした。もとより隠したかったわけではない。面倒だっただけだ。


「…俺に家族はいない。母は俺を生んで命を落とした。父はそれで病んで、召喚術を応用した死者蘇生術式で母を蘇らせることを目指して研究に没頭、そして俺を生贄にして死者蘇生を試みた」

「…へ、」


突然の話に、藤丸とマシュは愕然とする。シャルルも目を見張っていた。ロマニは視線を落とす。


「俺は死にかけ、父は死亡。事件は日本でセンセーショナルに報道され、神秘の秘匿を第一とする魔術協会は激怒して俺をロンドンで尋問したあと、フランスのグロスヴァレ分家に強制的に引き取らせた。それが小学5年のときのことだ」

「そんな、11歳で尋問とか…」

「それが魔術師だ、藤丸。俺はグロスヴァレの家で、アジア人だからと虐待されつつ、ほそぼそと生きていた。中学になって、俺は一人で生きていくことを条件に日本に戻り、魔術協会の監視のもと、日本での生活をはじめ、その矢先にカルデアに招集された」


藤丸もマシュも、そしてシャルルも、言葉を継げないでいる。ダ・ヴィンチは飄々とした様子のままだが、その瞳には憐憫のような色も見えていた。


「…人理焼却を免れ、世界が元に戻っても。この世界に俺の居場所はない。帰りを待つ家族も友人もいない。でも藤丸にはそういう人たちがいるんだろ。家族や友達の話してたし。それなら戻らなきゃいけない。そのときに、顔や体が傷だらけだったら、平和な日本において間違いなく、異質な目で見られる」

「ッ、」


それは藤丸も当然理解していたのだろう、息を飲んで視線を落とす。拳を握りしめ、マシュはそんな藤丸を気づかわしげに見た。


「ただでさえ、お前は努力して必死にここまでやってきて、グランドオーダーを成立させている。そんなお前が元の生活に戻ったとき、家族や友人に避けられたら、そんなん、世界を救った報酬として元の暮らしを失ってるのと同じだ。そんな理不尽、あっていいわけねぇだろ。だから、怪我するのも、死ぬのも、俺でいい。失うのは俺だけでいいし、それは失ったとはいえないようなもんだ。俺はもともと、誰にも求められてないんだから」



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