brise de printemps−9
そこまで言ったところで、耐えかねたようにシャルルがバンとテーブルに手をついて勢いよく立ち上がった。こちらを見下ろす瞳が揺らいでいて、動揺しているのが手に取るように分かった。
「だからって、マスターが怪我したり死んだりしていい理由にはならねーだろ!それに、マスターだってこれからの人生、誰かと一緒になることだってあり得るじゃんか!」
「そ、そうだよ唯斗!唯斗だってこれから先の人生長いんだから、まだわかんないでしょ!?」
「どうだろうな。魔術協会がそれを許すかどうか」
唯斗が淡々と答えると、シャルルも藤丸もどういうことかとロマニの方を見遣る。
「ロマニ、それどういう…」
「…僕も詳しいわけではないけれどね。唯斗君の立ち位置は非常に厳しい。でも唯斗君の血筋は召喚術の名家2つの潮流を汲むもので、本来は極めて優秀な魔術師になれるような素質を持っている。そんな唯斗君が、実際にカルデアでレイシフトや、英霊召喚を経験するとなると……」
「時計塔も魔術協会も、唯斗君という危険因子が力を持った状態だと認識するだろうねぇ」
ロマニとダ・ヴィンチはやはり正確に唯斗の行く末を想定している。二人の言う通り、魔術協会は恐らく、唯斗をより危険視するようになる。
「良くて幽閉や監禁、悪けりゃ暗殺。それが妥当だろうな。特に、こうしてシャルルと契約しちゃったわけだし」
「な、唯斗、そうなるって分かってて、オルレアンで召喚したの!?」
藤丸が驚くのも無理はない。今よりはるかに立場が悪化すると分かっていて英霊召喚を試みたのだから。唯斗は特に感慨なく頷く。
「あぁ。あのとき、サーヴァントを新たに呼び出すべき場面だった。たとえ俺の立場がさらに悪化して取り返しのつかないことになっても、俺は召喚を行うべきだと思った。それくらい…なんだろうな、フランスや、世界のこと、どうにかしたいって思ったのかな。自分でもあんま分からないけど……『それでも』、と思ったんだよ」
「マスターは…そんな覚悟で、俺を…」
「そう、これは俺が選んだことだ。結果として俺にまともな未来はなくなった。でもその分、藤丸の代わりにどれだけ傷ついたって、優しいカルデアの人たちは悲しんでくれるかもだけど、客観的には問題ない」
藤丸はそれでも、「問題ないわけない!」と否定してくれる。大して仲の良い相手でもないにも関わらず、藤丸はそれでもこう言ってくれるのだ。
「いや。グランドオーダーは、前にも言ったけど、藤丸の人としての力で成し遂げられている。つまり、俺はいれば便利な存在だけど、いなくてもいいんだ。藤丸が死んだらこの旅は事実上終わるけど、俺が死んでも、藤丸なら人理修復を完遂する。だから俺の命を危険に晒す方が合理的だろ」
「それは困るぜ、マスター」
しかし今度はシャルルが否定した。まだ立ったまま、意志の強い紺碧の瞳がじっと唯斗を見据える。
「俺はあんたを救うために召喚された。だから、合理的だろうとなんだろうと、俺はあんたを救うために戦う」
「…うん、ありがとな」
シャルルは召喚された時からそう言ってくれていた。藤丸同様、こう言ってくれることも予想の範囲内だった。
「嬉しかったよ、そう言ってくれて。初めてだったんだ、そんなん言われたの。俺、基本的にいない方が良い存在だったから」
「今はちげーだろ、それに、俺が…」
「無理だ、シャルル」
「っ、」
こういうことは言いたくなかったが、ここまで話してしまったからには、はっきりと告げなければならない。唯斗はシャルルを見上げて、明確に口にする。
「魔術協会は俺を許さない。俺に未来はないし、この世界を取り戻した先に、俺が救われる道はない。たとえ魔術協会の問題がなかったとしても、もともと俺に居場所なんてなかった。最初から、俺を救うことなんて、できなかったんだよ」
「そんなこと、」
「この戦いが終わったらいなくなるのに、どうやって俺を魔術協会から救うんだ」
一番助けを必要とするときに、シャルルはもういない。唯斗が最も危うくなるのは、人理焼却中ではなく、世界が元に戻ったあとなのだ。
「…俺は、あんたを救えない、のか……」
「俺を救うために来た、って言ってくれただろ。本当に、初めてだった、そうやって俺という存在を肯定して守ろうとしてくれたの。それだけで十分救われたんだ」
そうは言ったものの、愕然としたシャルルの表情は明らかに傷ついていて、なぜか唯斗の胸の方がずきりとした。
申し訳なさ、あるいは良心の呵責か。そんなこと、唯斗が感じるべきではないはずなのに。
「…悪い、ちょっと、席外す」
シャルルはひどく沈んだ声でそう言って、会議室を出て行った。いつも快活で明るい男なのに、そんな憔悴した様子にさせてしまっている自分が、あまりにひどい人間のように感じた。
いや、事実そうだろう。人間もどきのような唯斗に、シャルルは優しすぎたのだ。