brise de printemps−10


あの会議でこそ沈んだ様子だったシャルルだが、その後はある程度、いつも通りの調子に戻っていた。笑顔も見せるし明るく振る舞っている。
唯斗と話すときもいつも通りではある。

しかし明らかに、シャルルから唯斗に話しかけてくることがなくなった。これまでは、カルデア内で会えば必ず話しかけてきたし、シミュレーションでの訓練も積極的に声をかけてきた。
今は、必要なときや予定していた訓練、レイシフトでのみ会っている。一緒にいる間は前までと変わらないが、そもそも一緒にいない時間が一気に増えたのである。
これまでずっと、シャルルから唯斗にコンタクトしてくれていたのだと改めて分かるようだ。

あんなことを言ってしまった以上、当然のことであるし、本来はこれくらいの距離が当然なのだ。唯斗は、そういう人間だ。

そんな中で、第四特異点へのレイシフトが行われた。


コフィンで体が霊子化され、時代というレイヤーを遡ってロンドンに転移する。
体が実体化したことで急速に重力と五感が戻ってきて、唯斗はいつも通り、現地での最初の呼吸として軽く息を吸い込んだ。


「ッ、!?ゲホッ、げほっ、!」


途端、肺から脳を突き刺すような痛みが走った。魔術回路が反発し、痛みで立っていられなくなって膝をつく。
視界は悪く、霧が満ちたロンドンであるとだけ推測できる。


「マスター!?」


シャルルは慌てて駆け寄ってきて、唯斗の背中を摩りながら体を支えてくれる。藤丸とマシュは焦っているものの、特に変わった様子はない。


『これは…!その霧、魔力でできている!唯斗君の体にはあまりに毒だ!』

『すぐに私がマスクの制作に取り掛かろう。君たちは直ちに霧の少ない場所へ退避を』


ロマニはすぐに大気組成を解析し、ダ・ヴィンチは工房でマスクの制作に取り掛かることになった。この霧が市内全域に満ちているのだとすれば、さすがに唯斗も進退窮まる状況だ。藤丸にマシュの影響で対毒性がある様子なのが幸いだ。

さらに、霧の中から突然、人型の何かが現れた。その後ろには大きなロボットのようなものが見える。手前のものはオートマタだろう。


「っ、シャルル、俺のことはいいから迎撃してくれ」

「けど、」

「いいから!げほッ、優先順位は安全の確保だ、まずは敵性体を迅速に無力化する」

「…分かった」


シャルルは頷いてジュワユーズを出現させる。マシュも盾をもって戦闘を開始した。
礼装の袖で口元を覆い、なるべく呼吸を浅く、一定のテンポで行う。焦って呼吸を深くする方が問題だ。火災のとき、息を止めてはいけないのと同じで、呼吸が乱れて大きく息を吸い込んでしまうことがないように、唯斗はあえて呼吸を短く繰り返す。


「あ?なんだお前ら」


そこに現れたのは、銀と赤の甲冑を身にまとった騎士の姿。兜を外した顔立ちは、端正ながら非常に我の強そうな目力があった。


モードレッドと名乗ったそのサーヴァントは、この特異点に呼ばれた英霊であり、戦闘を手伝ってから唯斗たちをセーフハウスに案内してくれた。
どうやらこの霧は室内には入ってこないらしい。

工房となっているそのセーフハウスには、ヘンリー・ジキルが居を構えていた。小説の物語ではなく、実在する碩学者として生きている。

そして、ダ・ヴィンチのマスクができるまでの間、唯斗はこのアパートメントでの待機を余儀なくされることになった。
戦力のこともあり、唯斗はシャルルを藤丸たちに同行させることにする。シャルルは少し渋っていたものの、あの円卓のモードレッドと共に戦えるということもあり、最終的には勇んで外に出て行った。

通信で、藤丸の指示で戦闘するシャルルの様子を窺っていたが、やはり、こうして見ていると改めて思う。


性格的にも、そして運命力やマスターの性質としても、きっと、シャルルは藤丸のサーヴァントとして召喚されたいた方が良かったのだ。

何もできずソファーで休むばかりの唯斗は、そうぼんやりと思った。



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