Égalité−2


午前中だというのにすでに日差しがきつくなりつつある中、唯斗は黒いシャツを着てきたことを若干後悔しつつ、買い物をするために旧市街まで着ていた。お気に入りの店でコーヒー豆のブレンドを買うためだ。
8月に入って一か月のバケーションをもらっているが、完全に持て余しており、家でだらだらとコーヒーを飲むうちに消費量が増えてもう次の豆を買うタイミングとなっていたのだ。

旧市街までバスで横着し、ブティックなどが並ぶ旧市街の中心を歩く。観光客の姿も多くなっているが、他の欧州のメジャーな国に比べればあまりルクセンブルクは観光客が多くない。

穏やかな夏の日が急転直下変化したのは、路地を抜けて広場に出て、広場を突っ切って先に進もうした、そのときだった。

朝から広場のパラソルが並んだ路面席で酒を飲んでいた白人の体格のいい男が、パラソルの間を通り抜けようとした唯斗の肩をおもむろに掴んできたのだ。


「っ、なんだよ」

「中国人なんかが来てんじゃねーよ、帰れ」


どうやらこの男はアジア人というより中国人へのヘイトがあるようだ。ここで日本人だと名乗ることは簡単だ。だが、それはそれで中国人への理不尽なこの男の行為を肯定するようになってしまう。人種を問わず、いきなり人の胸倉を掴むような真似は許されない。

どうしたものか、と思っていると、突然白人の男の腕が離れた。思い切りその腕を掴んで引き離したのは別の白人の男性だった。
年齢は唯斗と同じか年下だろう、まだ少しだけあどけなさが抜けきっていないようで、しかし凛々しい横顔は精悍な男でもあるそんな美形だった。プラチナ色の髪は前髪が長く左目が隠れている。全体的な髪形や色はサンソンと似ているが、この男の方がやや長く跳ねが大きい。

こういう人種差別的な言動に対して、欧州も、そして米国や豪州などもそうだが、基本的に欧米の人々は黙っていない。誰か別の人物が声を上げることが多く、いずれ誰かが来るだろうとは思っていたが、この速さは迷わずに進み出てくれたことになる。


「あなたが帰ればいいだろう。いい年してそんなことも分からないか」

「あ?!なんだお前」


大柄な男は当然キレて助けてくれた男に向かうが、掴まれた腕を引きはがせないどころか、握力がどんどん強くなっているのか、痛みで次第に悲鳴じみた声を上げ始めた。


「っいってぇな!クソが!離せ!」


このままだとなりふり構わず暴れそうだ。酒が入っていることもあるし、混み合った路面席には女性や子どももいる。

唯斗は助けてくれた男の反対側の腕を掴み、引っ張る。


「ありがとう。でも行こう」

「っ、しかし、」

「恥を晒したい器の小さい男に付き合う時間は無駄だ」


周囲に聞こえるような声でそう言って彼を離すと、男は相当痛かったのか腕をぷらぷらさせこちらに見向きもしない。その隙に唯斗は素早くその場を離れた。

広場を抜ける頃に、引っ張られる男性が困惑したような声を出した。


「あの、どちらへ」

「あぁ、悪い。あのままあいつが暴れたら周りの客に被害出そうだから、広場から離れた。ひょっとしてあの店の客だったか?」

「…いえ、通りすがりです。確かに、あのまま男が暴れたら危なかった」


唯斗は路地に入ったところで手を離し、後ろにいた男と向き合う。唯斗よりもやはり背は高く、10センチ近くは差がありそうだ。


「…俺は唯斗、雨宮・グロスヴァレ・唯斗だ」

「僕はギャラハッド・ベンウィックです。あなたはやはりミックスなんですね、フランス系ですか?」

「そう、フランスと日本のクォーター」

「…なぜ先ほど、中国人だと言われて否定しなかったんです?」


フランスと日本のミックスだと教えると、ギャラハッドはキョトンとする。あの男に中国人だと言われて掴みかかられていたのを見ていたようだ。


「人種がなんだろうとあんな行為を許すわけにはいかない。だから、あそこでわざわざ日本人だと訂正したくなかった。意地みたいなもんだ。まぁ、実際は暴力沙汰になりそうだったし、ギャラハッドに助けてもらって助かった。ありがとう」

「…いえ。僕は周囲に影響が出るということまで考えていなかったので」

「それば別の話だろ。俺は助かったし、何より、嬉しかった。声を上げてくれる人がいるって、当事者からすりゃ、周りが思うよりもずっと嬉しいことだ」


そう、ああやってギャラハッドが真っ先に声を上げてくれたことは、本当に嬉しかった。みんな同じような言動をとってくれるが、様子見から入ることが多く、ギャラハッドのようにすぐに動ける人はなかなかいない。


「…できれば礼がしたい。コーヒーでも紅茶でも、一杯くらいはご馳走させてくれないか」

「当然のことをしたまで、ではありますが…そうですね、よろしければぜひ。少し、お話ししてみたいです」

「ん、じゃあ決まりな」



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