Égalité−3
そのまま路地から坂道と階段を下りてグルンドに出ると、いつものカフェに入る。サンソンと出会った定位置の窓際は別の客がいたが、そこまで拘りがあるわけでもないため適当な席に座る。
欧州は先に席に着くのが一般的で、そのあとに店員が来る。ギャラハッドはコーヒーで良いとのことだったため、ギャラハッドはコーヒー、唯斗はブラックティーにした。
すぐに頼んだものが運ばれてきたため、唯斗は銀製のストローを入れてガムシロップを足して撹拌する。
「唯斗さんは観光、ではなさそうですね」
「あぁ。この街の金融会社に勤めてる。ギャラハッドは観光か?」
「っ、ええ、まぁ、パリに住んでいるのでちょっとした旅行ですけど」
「そうか。学生?」
「はい…」
ありありと「同い年くらいかと思った」と顔に書いてある。
フランスは18歳で高校を卒業してから、大学の学士過程は3年間となるため、普通に大学に進学していれば20歳前後だろう。ちなみに、フランスでは16歳から酒類の購入と3%以下のアルコール摂取が可能になり、18歳からワインなどが完全解禁となる。また、たばこも販売こそ18歳未満にはできないが、喫煙の年齢制限は法律上存在しない。高校を卒業すれば立派な大人だ。
「…その、年齢をお聞きしても?失礼を承知ですが…」
「いいって。慣れてるしな。俺は25歳になる。ギャラハッドは20歳くらい?」
「はい、ちょうど20歳です。貫禄、というか、雰囲気的には年上だろうとは思ってました」
「なんだそれ、フォローか?」
くすくすと笑うと、ギャラハッドは少し気まずそうに顔を赤らめてから、誤魔化すようにコーヒーを飲み、カップから口を話してから質問を投げかける。
「唯斗さんはフランスに暮らしてたんですよね、とても綺麗なフランス語です」
「あぁ。ドル=ド=ブルターニュがフランスでの故郷って感じだな」
「ブルターニュだったんですか。実は僕もレンヌに暮らしてました」
フランス北西部、大西洋に突き出たブルターニュ半島一帯の地域をブルターニュ地域圏というが、その半島の付け根の北側に位置するのがドルという街だ。他にもドルという地名があるため、「ブルターニュのドル」という意味の街になっており、意思疎通ができればあとはドルとだけ略す。
レンヌはドルから電車で1時間としないくらいのところにあるブルターニュの玄関口であり、この地域最大の都市だ。フランスで最も有名な観光地であるモンサンミッシェルに向かう観光客はレンヌを起点にすることが多い。
レンヌからパリに出てきたということは、大学進学のためだろうか。
「専攻は?」
「法学です。国際法をやってます」
「そうなのか。ソルボンヌだったり?」
「ええ、その通りです」
「…驚いた。よく休みを…あぁ、だからルクセンブルクなのか」
唯斗の言葉にギャラハッドも苦笑する。
パリ第1パンテオン・ソルボンヌ大学は、パリ大学の第1校であり、世界に名高い名門校だ。欧米の大学は、入学は実質的には登録と同じようなもので、公立は学費が無料であることもあって誰でも入学できる。しかし卒業ができず、ソルボンヌでも3分の2が脱落するとまで言われていた。
特に法学ともなれば、豪州や米国などに影響を与えた英国法を司るオックスフォード大学とケンブリッジ大学、日本などの法制度の基礎となったドイツ法のハイデルベルク大学とウィーン大学、そしてアフリカ諸国などで使用されているフランス法のソルボンヌ大学という具合に世界トップ5の一角を占める。
在学中は勉強が大変過ぎてろくに休めないと言われており、だから近場のルクセンブルクに来ているのだと分かる。
「…僕の面倒を見てくれている人たちが弁護士なので、なんとなく、期待に応える必要がある気がしてこの道に進みました」
「弁護士になりたいとか、そういう希望があったわけじゃないのにあんな名門にいるのか?それはそれでめちゃくちゃすごいけどな」
家族、という言い方をしなかったことにはあえて触れなかった。触れなくても会話は進められる。だからこれはギャラハッドに選択肢を与えている。このまま理由を説明するために家族の事情を話してもいいし、そこには触れず話題を進めてもいいというものだ。
ギャラハッドはちらりとこちらを見て、そしてコーヒーに視線を落とす。どこか思いつめた表情をしているのは、広場で出会ったときから気づいていた。何か重いものを抱えている者の目をしているのだ。サンソンや、きっと唯斗とも同じだった。