brise de printemps−14
『お願い唯斗、ダメだよ、逃げて、お願い…っ!!』
『唯斗君!!すぐそこを離脱するんだ、早く!!』
通信から聞こえてくる声に従って、この場を離れたい気持ちがどんどん湧き上がってくる。結界は軋み、亀裂から漏れる火の粉と熱が肌を焦がす。大理石をも溶解させる高温が唯斗を骨も残らないほど焼き尽くそうとしてくる。
怖い。正直にそう思った。自分にそんな感情があるとは初めて知った。
『唯斗君!…って君は、』
『マスターッッ!!!』
そこに、通信からまた今まで聞いたことないような大声で、シャルルの声が割り込んできた。よく通る声をしているが、より一層、声を張っている。
久しぶりに聞いたシャルルの声に、なぜか体が弛緩する。そばにいないのに安心させるほどだ、本当に無意識に、唯斗はシャルルを頼っていた。
死を前にやっとそんな簡単なことを理解した。
「…はは、ロマニが言ってたこと、やっとわかった」
『唯斗君…?』
「自分と、シャルルに正直になれって。どういうことか、分からなかったけど…俺、ずっと怖かったんだな。グランドオーダーが終わった先の、取り戻された世界で生きていくことが。魔術協会にどんな目に遭わされるのか。本当はずっと、怖かったんだ」
仕方ないことだと諦めていたのは、そうして受け入れなければ、当然だと思わなければ、ともすると「世界がこのままならいいのに」と思ってしまいそうになるからだ。
自分が殺されるかモノとして幽閉される未来を手にするために、こんな戦いに身を投じるなど、自分でも常軌を逸していると思う。
「…それでも、やっぱり、この歴史を終わらせたくなかった。俺の孤独を支え続けてくれた、世界に居場所があるような感じを与えたくれたものを、裏切りたくなかった。そう思って戦い続けてきたけどさ。やっぱ…死ぬのは、怖いな」
『っ、マスター…ッ!!』
声を詰まらせるシャルル。本当に申し訳ないことばかりだ。唯斗が死ねばシャルルも自動的に退去するだろう。唯斗を救うと言ってくれたのにそんな結果は、あんまりだ。
「ごめんな、シャルル。俺、本当にどうすればいいのか分からなかったんだ。シャルルが俺のことを救おうとしてくれてるの、嬉しかったけど、どう受け止めればいいのか分からなくて。俺の未来も、決まってて。でも…素直に言えばよかったんだな」
『唯斗君…、』
ロマニは「その時」が最期の最後となってしまったことに、きっと俯いていることだろう。やっと気づいたときには、すべてが終わろうとしているのだから。
「…死にたく、ない。怖い、死ぬのも、元の世界で生きていくのも、怖い。何より、本当に俺は死んでもいい人間だったって、示すことになるのが、怖い…っ、」
『…ッ、』
「…こわいんだ、シャルル……!」
ぽろ、と瞳から落ちたものは、大理石の床に落ちてすぐ乾いていく。すでに床も熱が伝わりつつあり、結界はボロボロだ。しかし取り巻く炎は変わらず、結界の維持はガウェインの宝具展開終了まで間に合わないと分かる。
すると、通信越しにカルデアがバタバタとした。いくつか音が落ちてから、焦るようなスタッフたちの声も聞こえてくる。
『すぐにレイシフトさせろ!今すぐだ!』
『な、無茶だ!いくら君と言えど、もうあの特異点は最果てと化して完全に閉じている!こちらから干渉できない!』
『これは、命令だ。俺の命が、聞けないか』
まるで底冷えするようなシャルルの声音に、ロマニもスタッフたちも凍り付いただろう。シャルルの言葉尻には殺気すら滲んでいる。
しかしその直後、シャルルは優しく通信から呼びかけてくる。
『マスター、今行く』
「…そんなこと、できんのか」
『できるさ!令呪残ってるだろ。三画使って、俺を呼んでくれ。あとは俺が、無理やり因果をこじ開ける』
正直、言っていることは無茶苦茶だ。すでにロンゴミニアドによってこの特異点は人類史から切り離され、完全にクローズしている。最果てという世界のレイヤーの端となり、空間は消失を開始しているのだ。
それでも、唯斗は信じることにした。
結局、唯斗に足りなかったものは、自分の正直な気持ちとシャルルに無意識に願っていたことへの理解、そしてシャルルを信じる覚悟だったのだろう。
唯斗は令呪に魔力を籠めて、三画すべてを使って願う。
「シャルル…、」
『あぁ』
「…たすけて……っ!!」
カッと令呪が赤く輝き、一気に魔力が減る。結界が崩れかけ、慌てて唯斗は膝をついて体勢を整えつつ、左手を掲げて魔力の出力を維持する。
その次の瞬間だった。