brise de printemps−17
全員満身創痍となったものの、なんとか第六特異点の修復も完了し、全員が無事に帰還した。往路ではいなかったシャルルも一緒になっており、レイシフトが大変すぎてロマニやスタッフたちはへとへとになっていた。
しかし第七特異点が古代メソポタミアという西暦以前の時代だと分かったため、さらに大変なレイシフトを行うことになっており、スタッフたちは遠い目をしていた。
コフィンを出て、いつも通り藤丸とマシュはロマニとメディカルチェックになるが、今回は唯斗も負傷しているため、ロマニに医務室へと呼ばれている。
先に歩き出した藤丸たちに続こうとしたとき、シャルルが離れていくのが見えた。
これもいつものことだ。帰還後もやることがあるマスターたちと違い、シャルルは特にやることもないため、レイシフト帰還後、シャルルはいつも唯斗たちとは別行動になる。
そう、いつものことなのに、つい、唯斗はシャルルの白い腰丈のマントを掴んでいた。
「…マスター?」
「……あ、悪い」
「どした?」
すぐに振り返って、シャルルは唯斗の頬を撫でる。黒い特殊な布のようなもので覆われた右手の指で目元を撫でられ、思わずそれにすり寄る。
「っ、マスター…?」
「あー…や、その…どうかした、とかじゃ、ねぇけど…」
「不安そうにしてるな。ひょっとして、俺がそばにいないと不安になっちゃったり?なーんて」
「…そう、かも」
「…え、マジで?」
シャルルは自分で言っておきながら驚く。しかしすぐに、唯斗を抱き締めてきた。
温もりに包まれて、唯斗はマントの内側、首元あたりの肩に顔を埋めてみる。
「うお、そこまでしてくれんの?」
「…、嫌じゃないか?不快だったら言ってくれ」
「まさか!うわー、マスターって気ぃ許すとこんな可愛くなるのか〜」
再び頭を撫でられる。それがとても心地よく、何より受け入れてもらえたことが嬉しくて、ぐりぐりと顔を押し付ける。
「っ、マスター、このまま俺の部屋…」
「こらー、いつまでイチャイチャしてるんだいそこ!」
シャルルが言い終わる前に、ダ・ヴィンチが呆れたように声をかけてきた。唯斗よりシャルルがびくりとして、「あぶねー…」と呟いている。
「まずは医務室だな。マスター、歩けるかい?運ぼうか?」
「それは恥ずかしいからいい。行こう」
「切り替えはや…」
メディカルチェックはとっとと済ませてシャワーを浴びたい、と思い立ったため、唯斗はシャルルから離れてすたすたと歩きだす。
シャルルは慌てて追いかけてきて、唯斗の隣を歩いた。一緒に医務室まで来てくれるらしい。言わずともそばにいてくれるのが、たまらなく嬉しかった。
すれ違いざま、ダ・ヴィンチは何かをシャルルに投げて渡す。
「なんだこれ」
「まぁ、二人きりになってから開けるといい。餞別だよ、入用かもしれないからね」
「あー…オッケー、理解した!恩に着るぜダ・ヴィンチちゃん!」
ダ・ヴィンチが投げ渡した小袋の中身をシャルルは理解しているようだ。適当に腰にくくりつけて歩き続ける。
ダ・ヴィンチは二人で、と言ったため、あとで中身は分かるかと唯斗は特に中身を尋ねることはしなかった。
そのまま歩くこと数分、医務室に入ると、ロマニはこちらを見てキョトンとする。
「あれ、どうしたんだい?唯斗君、足を痛めていたっけ」
「いや、俺はただの付き添い」
シャルルはそう言ってまた唯斗の頭を撫でまわす。腰を抱かれている状態のため、確かに足を痛めて支えられているようにも見えるが、特にそうした事情はない。
ロマニは呆気に取られてから破顔する。
「…ふふ、そうか。なら良かった。…本当に」
そのロマニの横顔はいつになく優し気で、なんだかむず痒いような気になる。前よりも、ロマニから向けられる優しさをずっと正直に受け止められるようになったのかもしれない。
「そうだドクター、後で時間くれるかい?ちょっと相談があってな」
「あぁ、構わないよ。唯斗君のメディカルチェックが終わったあと、マシュのチェックをするから、そのあとでいいかな」
「おー、助かる」
シャルルがロマニに相談事、というのは珍しい。あまり会話していたような記憶がない二人だ。
どうせこのあとは唯斗も何もないため、メディカルチェックが終われば自室でシャワーを浴びて、夕食を取るだけとなる。どのみちシャルルとはここまでだったはず。なのに、そんな些細なことですら、なぜか寂しさというか、不安に駆られるような気がした。
それほどトラウマになったというよりは、恐らく、第六特異点のあの戦いによって、唯斗の人生で一番大きく感情が動いたからだろう。その反動が続いているのかもしれない。
そしてシャルルは目ざとくそれに気づく。
「晩飯、一緒に食おうぜ。呼びに行くからシャワーして待っててくれ」
「…ん、分かった」
自然に一緒にいる約束を取り付けてくれたシャルルは、あからさまに唯斗を甘やかしてくれている。正直気恥ずかしさがないといったらだいぶ嘘になるが、それでも、嬉しさと、満たされる感覚の方がずっと強かった。