brise de printemps−18
メディカルチェックを終えて、簡単に傷の手当もしてもらってから、唯斗は自室に戻った。シャルルはわざわざ部屋まで唯斗を送って、その後、ロマニのもとに戻ったようだ。
とりあえずシャワーを浴びて、傷口に沁みるものの久しぶりの熱いお湯にリラックスしてから私服に着替える。といっても、適当なTシャツとジャージというラフな部屋着だが。
冷蔵庫から水を出して飲みつつ、洗濯に出す礼装などをまとめていると、呼び鈴のブザーが鳴った。
「迎えに来たぜマスター」
「ん、」
約束通り、夕食を共にするためシャルルが迎えに来てくれて、そのまま二人で廊下を歩きだす。シャルルも今はマントや防具、手甲などを消失させており、ややラフな格好になっていた。
「にしても次は古代メソポタミアか〜。どんなところなんだろうな!あ、つか次はぜってー一緒に行くからな」
シャルルはすでに次の特異点に思いを馳せているようで、当然のように同行する前提で話していた。今回は本当にギリギリのところでのレイシフトとなったし、何度もできることではない。
「…俺も、今回はしょっちゅうシャルルのこと探しちゃってたからな」
「ふ、不意打ちに可愛いな…」
「なんだそれ」
意味の分からないことを言っているシャルルに呆れつつ、そんな取り留めもないことを話しているとすぐに食堂に到着する。
夕食時なのと、特異点探索が終わって電力供給に余裕ができたため実体化した者たちが食事をしに来ていることから、かなり混んでいるようだ。今までなら絶対に避けていた時間だが、今は特に何も感じない。
食堂に入り、カウンターの列に並ぶ。エミヤやブーディカ、タマモキャットのおかげで食堂は日替わりメニューなど豊富な品揃えになっている。
「マスターは何にする?」
「…そうだな、プリンついてるBセットがいいけど、食べきれる自信ないからな…」
「食べきれなかったら俺が食うからさ、食べたいモン頼んでいいぜ」
「ん、分かった。ありがとな」
これまで一人で食事をしてきて、残すとエミヤたちを心配させてしまうのが煩わしかったこともあり、唯斗は食べきれる分だけになるよう頼むレパートリーを制限していた。
しかしシャルルが一緒に食べてくれると言うため、少し違うもの、本当は食べたかったメニューを頼んでみることにした。もちろん、あらかじめ食べきれないであろう分をシャルルに取り分けてから食事をすることになるが、そういう相手自体、今までいなかった。
列が進むのを待っていると、そこに、よく通る藤丸の声がかけられた。
「あ、唯斗!珍しいね、この時間にいるの」
「あぁ、まぁな」
「ていうか、私まだ怒ってるからね、あんな自分を犠牲にする形取るなんて」
藤丸、そしてマシュが列に並ぶ前に唯斗のところにやってきて、藤丸はぷりぷりとした表情になる。口で言うほど怒っていないだろう。というか、心配した、という意思表示のように見える。
唯斗が答える前にシャルルが取りなす。
「まぁまぁ、その点は俺が言っておくからさ」
「頼むよシャルル。私には怪我するなって言うくせに、自分を大切にしないんだもん」
「そうですね、先輩の言う通りですよ唯斗さん。私もあの時は、本当に怖かったです」
正直耳に痛い。藤丸とマシュに言われると反論のしようがなかった。だが藤丸の顔に切り傷が残っているのを見て、唯斗は藤丸の頬に手をそっとかざす。
「っ、唯斗…?」
「気を付けるようにする。でも、お前も、さすがに顔の傷は残さないようにしとけよ」
顔の傷をまとめて治癒術式で消すと、藤丸は目を丸くしてから、口元を手で覆う。
「はわ…メスにされるかと思った……」
「せ、先輩は元から生物学的にメスです!!」
いったいどういう脈絡なのか分からなかったが、マシュのツッコミがやたらシュールで、思わず唯斗は笑ってしまった。
「…ふは、何言ってんだ」
「えっ!」
「マスター!?」
すると、藤丸とマシュ、シャルルの驚く声が重なる。何事かと三人に視線を向けると、しげしげとこちらを見つめていた。
「唯斗、ちゃんと笑えるんだねぇ…もったいないからもっと笑いなよ」
「とても素敵な笑顔でしたよ!」
「うーむ、俺が笑顔にしたかったが…次は俺が笑わせる!」
思えば、唯斗はろくに表情を緩めたことがなかったかもしれない。確かに少し、頬が引きつるような感覚がある。滅多に使わない顔の筋肉を使っただろう。
「それにしても唯斗、今日は雰囲気ちょっと変わったね。何かあっ…」
藤丸はそこまで言ってから、シャルルと唯斗を見て、ハッとした顔になる。マシュはぽかんとしているし、唯斗も何も分からないが、藤丸は何か思い至ったらしい。
「なるほどね、”
理解”っちゃった。じゃ、そろそろ行こうマシュ。シャルル、明日はオフだから!唯斗もがんばって!ほな!」
「え、ちょっと先輩!」
藤丸はこちらの言葉も聞かないまま、マシュを連れて列の後方へと戻っていった。いったいなんなのかと困惑する唯斗をよそに、シャルルはため息をつく。
「意外と下世話だなぁ、藤丸って。ま、面白いからいいけどさ」
「え、シャルルは分かったのか?」
「おう。後で部屋戻ったら教えるな」
そう言って笑ったシャルルの笑顔は、どこかいつもと違って、妖しい雰囲気のあるものだった。