brise de printemps−19
食事を終えて部屋に戻ると、シャルルは「10分後くらいにまた来ていいかい?」と聞いてきた。なぜかいったんシャルルは自室に戻ってから、唯斗の部屋に来るらしい。
用事があるならこのまま済ませればいいのにと思いつつ、何か考えがあってのことというのは分かるため、唯斗はとりあえず了承した。
唯斗はいつも、食後はすぐ歯を磨いていつでも寝られるようにしており、今日もそのルーティン通りに寝る支度を済ませてしまう。
あとはベッドで適当にくつろぎ、眠くなったら目を閉じる。
寝つきも寝起きも悪い唯斗は、それくらい睡眠の前後に時間を取る必要があった。
支度を終えてベッドに腰掛けるとすでに10分が経過しており、時間通り、シャルルが部屋にやってきた。
中に迎え入れると、シャルルはしげしげと室内を見渡す。
「…別に何もないだろ」
「初めてマスターの部屋入ったからなぁ」
「それで、どうかしたか?わざわざ時間取って」
唯斗はとりあえずベッドの淵に座り、シャルルにも横を示す。
シャルルは唯斗の左隣に腰掛けると、一度深呼吸をして、覚悟を決めたように話し始めた。
「…俺さ、ずっと考えたんだ。どうやったら、あんたをちゃんと救えるか。世界を取り戻した先にマスターの居場所がなく、魔術協会に何をされるかもわからない、殺されるかもしれない。かといって人理修復をやらないわけにもいかない」
「…、」
「俺だけじゃ、たぶん何もできない。正直カッコ悪いけど、それは事実だ。だから俺は、ドクターとダ・ヴィンチちゃんに協力してもらうことにした」
「協力…?」
シャルルは頷いて、体の向きを僅かに変えてこちらに向き直る。唯斗も、上体をシャルルの方に向けて言葉を待った。
「…もし、魔術協会がカルデアに対して、唯斗の引き渡しを要求したら。あるいは、唯斗にとって不利になる処分が下されたら。俺は、聖杯を一つくすねて、あんたを攫う」
「……え、」
「本気だ。ドクターたちには、サーヴァントによる行動を抑えることはできず、聖杯とマスターを奪われたってことにしてもらう。そして俺はあんたを連れて、脱出用の水陸両用艇でカルデアから南極半島を目指し、ドレーク海峡を渡ってチリに上陸する。騎乗スキルあるから運転は問題ないぜ」
「ちょ、待て、まさかお前、聖杯を原動力に現界し続けるつもりか?」
なんとシャルルは、唯斗が魔術協会に処分されそうになったら、唯斗を連れて聖杯を盗みカルデアを脱出すると言うのだ。
あまりに無茶苦茶だ。
「確かに俺とシャルルの間の契約を、カルデア経由から元の直接の契約にすることで、聖杯さえあれば現界は可能だと思う。でも、それからどうするんだ?いつまで逃げるんだよ」
「いつまででも?まずはチリから南米大陸西岸を通って、中米陸橋から北米大陸に入る。メキシコで国境を越えて米国に入り、そこで住民登録を行う。国籍を取得すれば、あとは自由だ。好きな国に行こう」
「…は、」
言っていることは実現可能である。聖杯によって現界を維持し続け、唯斗の迷彩魔術によって身を隠しながらチリ、ペルーなどを通り米国まで国境を越え続ける。
日本のような戸籍制度は他に台湾くらいしかなく、米国をはじめ欧米諸国は個人登録制度になっている。戸籍謄本などによって家族関係を通して本人の真正性を証明することはなく、米国は社会保障番号などを取得しておけばいい。もちろん魔術による工作はある程度必要だろうが、それを抜きにしても、一度米国に入ってしまえば国民になるのは容易なのである。移民大国の証左だ。
「もう大丈夫そうってなったら、聖杯で受肉して、一緒にどっか田舎で暮らすのもいいな。住民登録で躓いても、キャンピングカーで旅しながら生きていこうぜ」
「…なんで、そこまで詳しいんだ」
「ドクターたちに教えてもらったのもそうだし、最近ずっと、カルデアの図書館やデータベースで当世のことを勉強してたんだ。唯斗を連れて逃げられるように」