brise de printemps−20
第六特異点の前にあまり会う機会がなかったのは、シャルルがずっと、この世界のことを学んで唯斗を逃がせるようにするためだったらしい。事実、シャルルは地理だけでなく、国境管理や米国の行政についてもすでに理解している。
「…いくら、サーヴァントの時間感覚が人と違うと言っても、この先、何十年も逃げ続けることになるかもしれないんだぞ」
「分かってるし、むしろ俺としてはご褒美もいいとこだ。死ぬまで唯斗と一緒にいられる」
第六特異点での戦い以降、たまにシャルルは唯斗を名前で呼ぶ。マスターとしてではなく、唯斗自身のことを言っているときに、そうなっているのだろう。
そしてシャルルは、ずっと唯斗と生きていくことを、そんなポジティブなこととして捉えている。
シャルルはベッドから降りると、唯斗の前に跪いた。騎士のようにして膝をつくと、唯斗の手を取って、その紺碧の瞳がまっすぐ唯斗を貫く。
「唯斗が元の世界で普通の暮らしができるようになるなら、そのときに他の人間たちと普通に付き合えるように、俺はあんたといろんなコミュニケーションを続けていく。でもそれができない、ということになったら、俺は唯斗と共に逃げて、死ぬまで守り続ける」
「…俺を救うため?」
「もちろんそうだけど、もう一つある」
シャルルはそう言って微笑み、唯斗の左手の甲にキスを一つ落とした。
「あんたを愛するためだ、唯斗」
「ッ!」
そのダイレクトな言葉は、それ以外の意味を持たず、ただ、熱が伝わる。唯斗は息を飲んで、急速に心臓が音を立てるのを聞いていた。
「俺が俺という存在を受け入れられるようになったのは前のマスターのおかげだ。そのマスターのことを、良いマスターだったんだろう、って言ってくれた。俺のことを心配しながらも、俺の過去を丸ごと肯定してくれた。すげえ嬉しかった」
出会ったその日、カルデアに帰還してからのことだ。シャルルの前のマスターが良いマスターだったからこそ、シャルルは己の宿命に折り合いをつけて、サーヴァントとして成立したのだということを話した。
「ぶっちゃけ、俺、どうやってあんたとコミュニケーションを取ればいいのか分からなくて結構悩んだりもしたけど…あんたの本質は、いつでもまっすぐだった。藤丸やマシュに対しても、グランドオーダーというものに対しても。そして、自分に未来がないと分かっていながら努力して、それでもこの歴史を途絶えさせたくないと戦ってくれた」
「…俺、シャルルにずっとひどいことばっか、してた気がする」
「俺もへたくそだったんだよ。どう接すればいいのか分からなくて…唯斗が自分を大切にできないのは当然だ、誰にもそうされたことがなかったんだから。それなら俺は、俺からあんたを強引にでも守ろうとすればよかったんだと気づいた。手の伸ばし方が分からないなら、俺がその手を掴めばよかったんだ」
立ち上がったシャルルは、そのままベッドに座っていた唯斗の手を取り立ち上がらせる。まるで引っ張られるように、唯斗は難なく、立ち上がることできた。
もちろんベッドから立ち上がることなど難しいことでもなんでもないが、唯斗は、生き方という点で、こんな些細な動作もできなかったのだ。
目線が近くなり、シャルルに優しく抱きしめられる。その温もりはやはり心から安心できるもので、唯斗はその肩に顔を埋める。そっと背中に手を回せば、ぎゅっとシャルルも唯斗を抱き締めてくれた。
「最高にカッコ良い唯斗を、俺に守らせてくれないかい?」
「っ、おれ、も…シャルルのこと、愛していても、いいか」
「もちろん!」
こんなにも、自分という存在を受け入れてもらえたのは、認めてもらえたのは初めてだ。
愛してくれたのは、シャルルが初めてだったのだ。
シャルル一人がこの温かい感情をくれるだけで、これまでのどんな苦しいこともつらいことも、そのためにあったのだと思えた。