Égalité−4
一瞬だけ沈黙が下りる。店内はそれなりに客で埋まっているが、みんな騒がず落ち着いた空気が流れている。
グルンドはいつもこうした落ち着いた時間が味わえるところだった。
「…僕は、意図せずに生まれた子供でした。親の一夜の誤りから生まれたんです」
「……、」
そうしてぽつりと語られた内容の重さは、穏やかな空気に緊張感を持たせる。だが唯斗は正面から受け止めた。ギャラハッドをしっかりと見つめて、話していいと無言で告げる。ギャラハッドは唯斗と目を合わせて、もう一度息を吸った。
「…僕は英語で名乗るときはギャラハッド・ベンウィックと名乗っていますが、フランス語ではギャラード・ド・ベノイックと言います。レンヌ郊外の名家の名字を持っていて、父ランスロ、英語ではランスロットはこの家の嫡子です。祖父は外交官で、ロンドンの駐英フランス大使として長く勤めていたこともあり、父はオックスフォードに通っていました」
絵に描いたような、いや、それ以上のエリートだ。ベノイックと聞けば唯斗も思い当たるくらい、ブルターニュでは有名な家だった。
フランス人の名前には、冠詞が入っていることがある。一般的な冠詞である「ル」「ラ」といったものは今でも多くいるが、「ド」はあまりいない。基本的に、この「ド」という冠詞はフランス革命以前の貴族にしか許されていなかったものだからだ。革命後、一般人でも名乗れるようになったが、貴族かぶれと批判される覚悟も必要であるため、社会民主主義のこの国ではあえてドという冠詞を新たに名字に加えようとする者は多くない。
こうして、昔は貴族だった者や一般人でこの冠詞を使い始めた者もいるため必ずしもというわけではないものの、「ド」という冠詞を持つ家は金持ちだとされる。
恐らくベノイック家の場合は旧貴族階級であり、現在も資産家なのだろう。父だというランスロットという人物も、わざわざ英国でオックスフォードに進学しているほどだ。
「在学中、父が僕と同じ年になった頃のことです。現地で女性に強引に迫られ、合意のないまま行為に及んだ挙句、勝手に妊娠して双子を成しました。それが僕と妹です」
「そりゃ…訴訟モンだろ」
「ええ、もちろん。しかし向こうが用意した証拠はこちらに不利で、祖母、ランスロットの母エレーヌは弁護士なので、負けるリスクがあるとして示談に持ち込みました。こうして、双子のうち兄の僕がベノイック家に引き取られ、妹は父の知人の紹介でスコットランドの名士に引き取られました」
その代わり、ランスロットに迫った女性はもう連絡を取っていないという。
当たり前だ。ギャラハッドの父ランスロットからすればそれはとてもつらい出来事だっただろう。
「ベノイック家が男子である僕を引き取ったのは、一重に男子だからです。父が結婚を躊躇うであろうことを見越して、後継ぎを確保したかったんでしょう。でも僕は端女、それも英国人の女の子供です。レンヌの屋敷にいた人たちは全員、僕を疎んでいた」
それを聞いて唯斗は息を飲む。今朝見た夢がリフレインした。夕暮れの下、誰も助けてはくれなかった屋敷へとただ一人で帰る家路。
「けれど父ランスロットは、僕を顧みるどころか、いないものとして一切関わろうとせず、自分だけ英国に引きこもってます。数年に一度は顔を合わせますがそれも一瞬、父は僕という罪から逃げ続けている。僕がレンヌの屋敷でどんな目に遭っているか知りながら」
「……父親の境遇は同情するけど、そのあとが問題だった、ってことか」
「はい。僕は耐えられず、父が助けてくれないと分かると、パリの祖母エレーヌを頼ることにしました。すべての調停を手配した敏腕弁護士です。先ほどお話しした、面倒を見てくれている人たちは祖父母のことです」
つまり、英国でランスロットという男性が強引に作らされてしまった子供がギャラハッドとその双子の妹であり、ギャラハッドは後継ぎとしてフランスの実家に引き取られたものの居場所がなく、つらく当たられる中でパリに逃げて、弁護士である祖母の元で暮らしているということだ。